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2017年6月25日日曜日

スティーブ・ジョブズ、LSD、瞑想、そして悟り


スティーブ・ジョブズは、アップル社を作り、業績の悪化から一旦はその自分の会社を追い出されたにも関わらず、再び CEO に返り咲きました。

そして、iphoneやipadをこの世に送り出して、アップルを世界のトップ企業にするという離れ業をやってのけました。

そのジョブズが、LSDについてこのように語っています。

LSDはぼくに本当に深い体験をもたらした。ぼくの人生の中で、一、二を争う重要なできことだ。
LSDは、ものごとには表でも裏でもない、まったく別の見方があることを教えてくれる。効き目が切れると、そのことは思い出せなくなってしまうのだけれど、それが確かにあることは、もう分かっているんだ。
自分にとって何が大切なことなのかを、LSDは再確認させてくれた。金儲けのためじゃなく、本当にすごいものを作り出すこと、そして、ものごとを、歴史の流れや、人類の意識の流れに引き戻しやること。そうしたことを自分の限界までやることの大切さが、LSDのおかげで確かなものになったんだ。

[goodread.comより]

*  *  *

LSDとは一体なんでしょうか?

LSDは、リゼルグ酸ジエチルアミドと呼ばれる化学物質で、人間の精神に対して極めて強力な影響を及ぼすため、日本を含め、多くの国では法律で規制されています。

0.15ミリグラム程度の少量でも、知覚や感覚へ大きな変化をもたらし、幻視の体験が起こったりします。

また、思考が混乱したり、逆に普段の状態では得られない明晰な思考が訪れる場合もあります。

DNAの二重螺旋構造を発見したフランシス・クリックは、そのアイディアを思いついたときに、LSDを使っていたのではないか、という説もあるほどです。
[Andy Roberts "Francis Crick, DNA & LSD" によれば、「都市伝説にすぎない」ということですが]

こうした効果を考えるとき、LSDを「意識の拡張」をもたらす物質と呼ぶこともできるのですが、一方、心理的な準備が十分できていない状態で、服用量が多すぎた場合には、「致命的な結果」につながる場合もありえますので、ただの好奇心から「遊び」で手を出すような物質ではありません。

LSDの服用量とその効果については、英語ですがこちらに詳しい説明があります。

[このリンクはreddit.com のものですが、元ネタはrollitup.orgにあります]

なお、ぼく自身はLSDの経験はありません。

*  *  *

さて、ジョブズはLSDで得た体験を、彼のビジネスにおける壮大なビジョンを実現するために使ったわけですが、それを「悟り」を得るために使おうとする人もいます。

英語の記事ですが、「LSDと悟り」について、とてもおもしろい書き込みを見つけました。

[LSD and the Enlightened State of Mind]

この内容を要約しますと、(書き手は MetaCognition さんなので、メタコさんとします)

・メタコさんは、人生を通して「存在の真実」を求めてきました。

・はじめのうちは自分の思考や、自分の周りの行動について内省的分析していました。

・数年前からマリファナやLSDなどを使って変性意識についての実験をするようになりました。

・けれども、そうした薬物を常用しているわけではなく、たまにマリファナを吸い、稀にLSDを使う程度で、この書き込みをしている時点で、最後にLSDを使ったのは一年近く前のことだといいます。

・そして、メタコさんは数週間前から、一日二回、一回一時間の瞑想を始めたというのです。

・すると瞑想によって、LSDを使っているときとほぼ同じ意識の状態が得られることに気がつきました。

・メタコさんはもともと無神論者でスピリチュアルな考えなどばかにしていましたが、LSDを使うことで、すべての存在がつながり合っていること、毎日の平凡な経験のうちに潜む美しさなどを体験して、いわゆる「悟り」という、神秘的な状態があることを知ります。

・もちろん、その体験は薬の効果が切れればぼやけていってしまうのですが、それが瞑想をすることで再現することができることが分かり、日々瞑想をしているうちに、ごく簡単にその状態に入ることができるようになったというのです。

なお、アップルのジョブズも、LSDの経験があるだけでなく、座禅による瞑想を実践していたことも、ここにひとこと書いておきましょう。

*  *  *

この話を読んで早合点をしてほしくないのですが、これはあくまでメタコさんという個人の体験であって、

「LSDを使ってから瞑想をすれば誰でもこうなれる」

というわけではありません。

メタコさんは、長い内的な探索のあとで、LSDなどの薬物を試し、それも使いすぎて依存するようなことはなく、適度な距離をもって実験をした上で、瞑想に辿り着いたために、すべてのことがうまく咬み合って、極めて稀なほど簡単に、深い瞑想体験を得ることができたものと考えられます。

ネット上を見ていると、薬物の摂取は瞑想に役立たないから、決して手を出してはいけない、というような主張を見かけます。

けれども、このメタコさんのような例を考えれば、あらかじめ薬物で「悟り」あるいは「悟りに似た状態」を体験しておけば、瞑想をしたときにそれを再現しやすくなることは、十分に考えられると思うのです。

もちろん、薬物には法律による規制もありますし、服用量を間違えれば事故にもつながりかねませんので、安易な使用は決してすすめられるものではありません。

けれども、「悟り」を真摯に探求する方が、瞑想だけではある段階を超えられないときに、十分に下調べをしたうえで、自己責任において使う場合には、一つの選択肢としてこれも検討に値すると思うのです。

*  *  *

ここで、ちょっとぼくの経験を書いてみましょう。

LSDに似た効果を持ち、けれどもLSDほど強力な作用は持たないシロシビンという物質があります。

マジックマッシュルームと呼ばれるきのこに含まれる成分で、このきのこを乾燥したものは、2002年に規制されるまでは、日本でも普通に手に入れることが可能でした。

シロシビンは、LSDより作用は少ないのですが、似たような幻覚性があり、

・音の聞こえ方が変わったり(ぼくの場合、音楽がすごくよく聴こえ、ふだん聴こえていない音までくっきり聴こえてきたりしました)、

・ありえないものが見えたり(空の雲が怒ったマシュマロマンのような怖い顔に見えました)、

・不思議な考えがふっと訪れたり(ジャマイカ辺りのレゲエの人たちが、音楽をやりながらマリファナを吸っているイメージがぼんやり浮かんで、あー、彼らもこのきのこから得られるものと同じものを求めて、マリファナをやってるんだなー、と思いました)、

といったことが起こりえます。
(もちろん、人によって体験の内容はそれぞれです)

ぼくは今、ゴエンカさん方式のヴィパッサナー瞑想をしていますが、振り返って考えてみると、その当時のきのこの経験が今の瞑想につながっていることを感じます。

つまり、きのこのときの経験と、瞑想が深まったときの経験には、確かに似たものがあるってことなんです。

とはいえ、ぼくの場合はメタコさんの場合とは違い、瞑想だけで得られる体験は、

「似たものがある」

という程度であって、

「ほぼ同じ」

とまで言えるようなものではありません。

ぼくの場合は、もう一段階の修行か揺さぶりが必要なものと思われます。

*  *  *

というわけで、以上、LSDやシロシビンなどの化学物質が、瞑想の体験に役に立ちうる、という話でした。

ただし、以上の物質は日本では法律で規制されており、また、精神の崩壊や致命的な事故につながる恐れもあるものですので、くれぐれも安易な気持ちでお使いにならないようにお願い申し上げます。

[2017.06.25 ゴエンカさん方式のヴィパッサナー瞑想の総本山、インド・イガットプリにて。那賀乃とし兵衛]

[追記] なお、シロシビンや変性意識については、こちらの記事でも書いておりますので、よろしければお読みください。

[不思議なきのこを科学する - そして瞑想と悟りへ]

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☆こちらもどうぞ

[本の紹介:「呪術師カスタネダ」]

[本の紹介: 不思議な双子の物語、Naho & Maho「あーす・じぷしー」]

[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」、アマゾンの奥地のヤノマミ族の暮らし]

[楽しいカルマの落とし方 - オウム真理教について一言]

[最高の幸せ、フロー体験を知ってますか?]

[気分はオフグリッド・あなたは自由に生きたいですか、生きられますか]

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2017年6月15日木曜日

共謀罪法成立の日に、100年後の世界を見据えて


今日、2017年6月15日、共謀罪法が成立しました。

市民活動家の田中優さんが、今日付けのメイルマガジン
[第596号:共謀罪成立]
で共謀罪法の成立について、

「共謀罪法を死文化させてしまうこと」と、

「共謀罪法が実際に適用されたときには、違憲立法であることを主張すること」そして、

「この法律ができたからといって萎縮してしまうことなく、今までどおり、
しっかり意見を表明していくこと」

の重要性を述べています。

優さんの指摘は正論ですが、現実の日本の政治情勢を見ると、楽観は許されません。

日本政府が共謀罪法を使って、ただちに反対勢力の弾圧を始めるとは思えまないものの、政府の意向に沿わない個人や団体に対しての圧力は、今以上に強くなっていくことでしょう。

こうした逆境の中で、ぼくたちにできることは何なのでしょうか。

[安倍マリオをぶっ飛ばせ、あるいはぼくらの未来への責任 ]
にも書きましたが、無茶苦茶を平気で通す「総理」や「政府」に怒りが湧くのは自然です。けれども、「怒っているだけ」では状況は変わりません。

たとえば、原発推進への対案として、太陽光とバッテリーによる「オフグリッド」を提案していくような、具体的な取り組みが大切だと思われます。

また、[改憲に王手。ニッポンはホントーに大丈夫なのか?]
に書いたように、日本の「重苦しい空気」に閉じ込められることのないように、視野を大きく広げることも大切でしょう。

現在の世界情勢を見れば、欧米的な合理主義や民主主義も必ずしも万能ではないと思われます。

そのときむしろ、先住民族の知恵や、宗教の叡智に学ぶことも多いはずです。

原子力を不可欠とするような間違った科学技術主義にだまされないためには、単なる論理では不十分に思えます。

文化的相対主義を踏まえた上で、「真・善・美」といった基本的な価値へと思いを巡らすことも必要なのではないでしょうか。

いずれにせよ、この「逆境」が簡単に流れを変えることはないでしょう。

72年前に敗戦という形で終わりを迎えた戦争は、日中戦争から数えても15年間という長い期間の「逆境時代」でした。

ですから、ぼくたちは、10年、20年の単位でものごとを考える必要がありますし、それには、50年後、100年後を見据えることも必要でしょう。

そうやって自分たちの子孫のことまで視野に入れることができたとき、ぼくたちの日々の地道な活動に、新たな価値が生まれることになるのだと思います。

ニッポンの「淀んだ空気」に当てられてしまわず、一日いちにちを大切に生きていこうではありませんか。

以上が、民主主義国家としての戦後日本の転換点になるかもしれない、共謀罪法成立の日に、インドのムンバイの安宿から、日本のみなさんに向けたメッセージです。

最後までご拝読ありがとうございました。

☆こちらもどうぞ

[アウシュビッツ、新潟知事選、安倍政権]

[三宅洋平は権力にすり寄る節操なしではない]

[なぜ今井絵理子は当選したのに三宅洋平は落ちたのか]

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2017年6月2日金曜日

人の世の闇の深さの現れか / 元TBSテレビ・ワシントン支局長・山口敬之氏のレイプ疑惑について一言


はてなのブックマークで
[【レイプ告白】「あの夜、なにがあったのか」詩織さんと山口氏 それぞれに聞いた]
という記事についての kk3marketerさんのコメント「闇深い」を見て、何がどう「闇深い」のか気になりました。

当該の記事を見る限り、法的な処分の妥当性はともかくとしても、元TBSテレビ・ワシントン支局長・山口敬之の、就職をネタに若い女性と会い、ことに及ぶという行動は、倫理的に完全に「アウト」なものと思われ、そういう人物が「立派」なジャーナリストとして活躍している世の中というもの自体が十分「闇深い」ものと思われます。

また、山口氏の不起訴処分に何らかの「力」が働いたと考えるのも至極当然であり、それがどういう筋からのものであれ、被害にあった女性の立場を考えれば、ニッポンという国の法治国家としての機能はポンコツ同然としか言いようがなく、これはむしろ「病み深い」というべきでしょうか。

ところが、この事件に関してネットを検索してみると、この女性が今のタイミングで記者会見を開いたことには、「女性の人権」という表向きの問題とは別に、政治的な「生臭い」意図を感じざるを得ない事実に突き当たります。

この女性の代理人弁護士の所属事務所からして、バックには民進党の力が働いているとの事実です。

「女性の人権」を守るためには、当然山口氏は起訴されるべきであり、山口氏の行為の是非は法廷で争われるべきものと考えますが、こうした「法的な争い」が「政争の具」として使われているとすれば、なんとも「闇深い」世の中ではありませんか。

ぼくは安倍政権の政策には基本的に反対ですが、こんな程度の揺さぶりで盤石の安倍政権の基盤が揺らぐものとは思われませんし、こういうやり方は「まっとう」なものとは言えないでしょう。

政治というものが「清い」だけのものでないことは、いたしかたのないことかもしれませんが、現状の政治が、利権を争う集団同士のこのような「縄張り争い」にすぎないことを考えると、その行く先はいったいどうなることかと、深い危惧を感じざるをえません。

ぼくたち国民の一人ひとりが、五十年先、百年先の未来を見据えて、考え、行動することの必要を感じる所以です。

2017年6月1日木曜日

06 フロリンダ・ドナー「シャボノ」 -- アマゾンの奥地・ヤノマミ族の暮らし


カルロス・カスタネダの呪術師仲間、フロリンダ・ドナーが描くアマゾン奥地のシャーマニズムの世界。「シャボノ」の翻訳、第六回めを公開します。
NHKの番組から劇場公開された「ヤノマミ~奥アマゾン-原初の森に生きる~-劇場版」でも描かれる、嬰児殺しの風習をもつヤノマミ族の物語です。

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06 フロリンダ・ドナー「シャボノ」
フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第六回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙28枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第一回〜第五回はこちらです。
[第一回] | [第二回] | [第三回] | [第四回] | [第五回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします。それでは、お楽しみください]

今回より第二部に入り、若き女性文化人類学者のフロリンダが、いよいよ森の奥の先住民族たちと暮らし始めます。

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第二部


**062**
「それで、いつ戻ってくるつもりなの?」六ヶ月後、布教所のコリオラーノ神父宛ての手紙を渡しながら、私はミラグロスに訊ねた。その手紙には、少なくともあと二ヶ月はイティコテリの人々のところにいるつもりだと、簡単に書いた。また、カラカスにいる友だちに連絡してくれるように頼み、そしてこれが一番大事なことだったが、手に入るだけのノートと鉛筆をミラグロスに持たせてくれるようお願いした。「ねえ、いつ戻るの?」私はもう一度聞いた。
「二週間かそこらだ」ミラグロスは何気なくそう言って、竹製の矢筒に手紙を入れた。そして、私の顔に不安の色を見て取ったのだろう、言葉を付け加えた。「実のところ、いつとは言えん。だが、戻るのは間違いない」
川へと続く坂道を彼が下っていくのを私は見守った。背中の矢筒の位置を直し、それからちらりとこちらを振り返ると、彼は少しのあいだ動きを止めた。何か言いたげな様子だったが何も言わず、手を振って彼は別れを告げた。
私はゆっくりとシャボノへ戻る道を歩き始め、途中、男たちが畑の脇で木を切り倒しているところに出くわした。私は地面に積もった落ち葉の下に埋もれている木の皮や木っ端で足に怪我をしないよう注意ながら、開けた地面に転がされた丸太を避けて歩いた。
**062**「プランテンが熟す頃には戻ってくるさ」エテワが大きな声でそう言うと、ミラグロスがさっきしたのと同じように手を振った。「収穫の祭りを彼が逃すわけがない」
微笑みながら手を振り返し、祭りはいつなのかと聞こうかと思ったが、その必要はなかった。プランテンが熟したときだと、彼はすでに答えを言っていたのだから。
シャボノの大きな入り口の前には、夜になると木の枝や丸太をばら撒いてて侵入者を防ぐようにしてあるのだが、もうそれは片付けられていた。まだ早い時間だったが、円形に開かれた広場に面した小屋には、ほとんど誰もいなかった。女も男も近くの畑に働きに行ったか、野生の果物やハチミツ、そして焚き木を集めに森に行くかしていた。
小さな弓矢を手にした子どもたちの一団が、私の周りに集まってきた。「ぼくが仕留めたトカゲだよ」尻尾を持ってぶら下げた獲物を見せながら、シシウェが言った。
「こいつにできるのはそれだけ、トカゲを仕留めるのが精一杯なのさ」少年の一人がからかって言いながら、片足のかかとをもう一方の足の爪先で掻いた。「おまけに大抵しくじるんだから」
「しくじるもんか」怒りに顔を赤くしながらシシウェは大きな声を上げた。
私は彼の頭のてっぺんの短い毛を撫でた。日の光の中でその髪は、黒でというよりは、赤みがかった茶色に見えた。彼がいつの日か村で一番の狩りの名手になるに違いないと、知っている少ない言葉の中から適切な言葉を探して、私は彼に伝えようと努力した。
シシウェは、リティミとエテワの息子で、もうじき七歳になるところだったが、ペニスひもはまだしていなかった。リティミは男の子はペニスを下腹に結び上げたほうがよく育つと信じており、何度もそうさせようとした。けれどシシウェは痛いからと言って嫌がった。エテワはこだわらなかった。息子は健康で丈夫に育っている。男にとって、腰紐をつけずに人前に出るのはよくないことだと、シシウェもじきに思うようになるだろうと、彼は考えたのだ。**063**ほかのほとんどの子と同じく、疫病除けとしてシシウェも首の周りによい香りのする木の根のかけらを結んでいたし、体の模様が薄れてくれば、再びオノトで模様を描き直していた。
シシウェは怒っていたことなど忘れて、にこにこ笑いながら私の手をつかむと、すっとなめらかな動作で木登りでもするように、私の体にするすると登った。足を私の腰に巻きつけ、体を後ろに反らすと両手を空に向けて伸ばし、叫んだ。「見てよ、なんて青いんだろう。きみの目の色と一緒だ」
広場の真ん中から見上げる空は雄大で、その美しさが、木やつるや葉っぱに遮られることはなかった。村を囲む丸太の柵の向こう、シャボノの外側には、草木が濃密に生い茂り、そびえているのが見えた。木々は少しのあいだ検査で待たされているので静かにしているとでも言うかのように、時がくれば動き出すのではないかと思うほど生き生きとしていた。
子どもたちが私の腕に組みついてきて、シシウェごと私は地面に倒されてしまった。私には初め、誰がどの子どもの親なのか、さっぱり分らなかった。子どもたちはあちらの小屋からこちらの小屋へと自由に行き来し、どこでも好きなところで食べたり寝たりしていたからだ。赤ん坊は始終母親の体にくくりつけられていたので、誰の子なのかすぐ分った。昼夜を問わず、母親が何をしているかにも関係なく、赤ん坊はまったく煩わされることなく時を過ごしているように見えた。
ミラグロスがいない間どうしたものかと私は考えた。毎日数時間に渡って、仲間の言葉や習慣、考え方について彼は教えてくれ、私は熱心にそれをノートを取った。
イティコテリの人々について、誰がなんという名前なのかを知るのは実に厄介なことだった。誰かが侮辱されたときを除けば、彼らが互いに名前で呼び合うことはなかった。リティミとエテワは、シシウェとテショマの両親として呼ばれた(子どもは名前で呼ぶことが許されたが、それも思春期が訪れるまでのことである)。**064**更にややこしいことには、男でも女でも一つの家系に属するならば、互いに兄弟、姉妹と呼び合い、別の家系に属する場合は、義兄弟、義姉妹と呼ぶのだった。また、結婚が許される家系の女を妻にした男は、妻の家系の全ての女を〈妻〉と呼ぶのだが、これは性的な関係があることを意味するわけではない。
ミラグロスがしばしば言っていたことだが、慣れる必要があるのは私ばかりではなかった。イティコテリの人々も、私の奇妙な行動に大変面食らっていたのだ。彼らにとって、私は女でも男でもなく、子どもというわけでもない。私のことをどう考えればいいのか、どういう存在として扱えばいいのか、彼らにもさっぱり分らなかったのだ。
ハヤマのお婆が小屋から現れ、子どもたちに私をそっとしておくよう、甲高い声で言った。「まだお腹を空かせてるんだよ」彼女はそう言うと、私の腰に手を回し、自分の小屋の炉端へと私を招いた。
他の村との交易で得たアルミとホウロウの鍋、亀の甲羅、ひょうたん、そしていくつものかごが地面に散らばっている中、そうした品々を踏みつけたり、ぶつかったりしないよう気をつけながら、ハヤマの向かいに私は座った。ほかのイティコテリの女たちと同じように私は足を真っ直ぐ伸ばし、ハヤマのペットのオウムの頭を掻きながら、食事ができるのを待った。
「お食べ」焼いたプランテンを割ったひょうたんに載せて手渡しながら、彼女は言った。私が唇を何度も鳴らしながら、口を開けて噛む様子を、老婆は熱心に見守った。柔らかく甘いプランテンを私が十分に味わっていることに満足して、彼女は微笑んだ。
ハヤマのことはミラグロスに、アンゲリカの姉妹として紹介してもらった。彼女を見るたびに森の中で永遠の別れを告げた弱々しい老婆の面影を私は探した。ハヤマは五フィート四インチほどの身長でイティコテリの女としては背が高かった。体つきも違ったが、ハヤマには姉妹のアンゲリカが持つ心の軽やかさがなかった。ハヤマの声も物腰も厳しいので、私は落ち着かない気持ちになることも度々だった。そして重く垂れ下がった目ぶたのため、彼女の顔は奇妙に不吉なものに見えるのだった。
**065**「ミラグロスが戻るまで、お前はここにいたらいい」焼いたプランテンをもう一本くれながら、老婆は言った。
熱い果物を頬張っていたので、私はその言葉に答えないで済んだ。ミラグロスは、村の他の人々に紹介するのと同様、イティコテリの首長であり、自分の義兄弟でもあるアラスウェにも、私を紹介してくれた。しかしながら、エテワとその二人の子どもと一緒に住んでいる小屋に私のハンモックを吊るすことによって、私の面倒を誰が見るかをはっきりさせたのは、リティミだった。「白い娘はここで寝るのよ」彼女はミラグロスにそう言って、シシウェと幼いテショマのハンモックは隣のトゥテミの小屋の炉端に吊るすのだと説明した。
リティミの考えにわざわざ何か言う者はなかった。リティミが自分たちの小屋とトゥテミの小屋を行ったり来たりし、焚き火を囲んで習慣通りの三角形にハンモックを吊るし直すのを、エテワは優しいけれどからかうような笑みを浮かべながら黙って見守った。小屋の裏側の屋根を支える柱の間に作られた小さなロフトには、木の皮の箱、一揃いのかご、一丁の斧、そしてオノトや種、根を入れたひょうたんが置いてあったが、私のナップサックもそこに並べて置かれた。
リティミは、首長であるアラスウェと第一夫人の間に生まれた長女だった。彼女の母親はハヤマのお婆の娘だったがすでに亡くなっていた。リティミの自信は、自分が首長の娘であることや、エテワの第一夫人であり、お気に入りの妻であるという事実からくるだけではなく、短気ではあるものの、シャボノの皆から尊重され、好かれているということを知っていることによっても裏打ちされていた。
「もう十分」ハヤマが囲炉裏からもう一本プランテンを取ろうとするので、私は断った。「お腹いっぱいよ」彼女にお腹の膨れ具合が見えるように、私はTシャツをまくってお腹を突き出した。
「骨の周りにもっと脂肪をつけんと」そう言いながらお婆は、バナナを潰して指でこねた。「お前のおっぱいの小さいことと言ったら、子ども並みだからねえ」くすくす笑いながら、彼女は私のTシャツを更に巻き上げた。「これじゃあ、お前を欲しがる男はおらんな、骨で怪我でもせんかと恐れをなすわい」
**066** 怖がっている真似をして両目を見開き、私は潰したバナナをがつがつ食べる振りをした。「あなたの作ってくれる食事を食べていれば、よく太ってきれいになるのは間違いないわね」バナナを頬張ったまま、私は言った。
川で水浴びをしたあとの、まだ濡れたままの姿で、棘の生えたさやで髪をとかしながら、リティミが小屋に入ってきた。隣に座り、私の首に両腕を巻きつけると、私の顔中に音を響かせながらキスをくれた。私は笑いをこらえることができなかった。イティコテリの人々のキスはくすぐったいのだ。変わったキスの仕方で、頬や首に唇を当てると、音を立てて空気を吐き出しながら唇を振動させる。
「白い娘のハンモックをここに移そうとしてるんじゃないでしょうね」祖母を見ながらリティミは言った。口調は断固としたものだったが、黒い目には柔らかく問いかけるような表情が浮かんでいた。
  言い争いの原因にはなりたくなかったので、自分のハンモックをどこに吊ろうが大した違いはないのだと、私ははっきり言った。小屋には壁などないのだから、実質的に私たちは一つの住居で暮らしているのと変わりない。ハヤマの小屋はトゥテミの小屋の左にあり、私たちの小屋の右には首長アラスウェの小屋があった。アラスウェは、一番年上の妻とまだ小さい子ども三人と一緒にそこに住んでいた。彼のもう二人の妻とそれぞれの妻との間の子どもたちは、更に並びの小屋に住んでいた。
リティミはじっと私の顔に見入り、その目には懇願する様子が見えた。「ミラグロスはあなたの世話を私に任せていったのよ」彼女はそう言って、頭皮は引っ掻かないように優しく、棘の生えたさやで私の髪をとかした。
永遠とも思われる沈黙ののちに、ようやくハヤマが口を開いた。「ハンモックは今あるところに吊るしておけばいい。だが、食事はここでわしと一緒にするんだよ」
いい考えだと私は思った。エテワはすでに四人の食い扶持を確保する必要があった。一方ハヤマは、一番若い息子によく面倒を見てもらっていたのだ。椰子で葺かれた屋根から吊るされている獣の頭蓋骨とプランテンの量からして、ハヤマの息子は猟師としても百姓としても立派な腕前の持ち主に違いなかった。**067**焼いたプランテンを朝に食べる以外は、家族が集まって食事をするのは、午後遅くにもう一度あるだけだった。人々は一日中、手に入るものなら何でも口にしていた。果物や木の実、あるいはご馳走である蟻や蜂の子を焼いたものなどである。
食事についてのハヤマの提案を、リティミも気に入ったようだった。ニコニコしながら彼女は私たちの小屋へと歩いていき、私のハンモックの上に吊ってあるかごを下ろした。そのかごは彼女が私にくれたもので、彼女はその中からノートと鉛筆を取り出した。「さあ、仕事にかかるわよ」命令調で彼女は言った。

それまでの六ヶ月間ミラグロスがしてくれたのと同様に、この日からはリティミが仲間たちのことを私に教えてくれることになった。ミラグロスは毎日数時間を私が正式な授業と呼ぶものに充ててくれた。
初めのうち、彼らの言葉を覚えるのは実に大変なことだった。発音がとても鼻にかかったものである上に、人々がタバコの塊を口に入れて喋るもので、聞き取ることがとても難しかったのだ。比較文法の手法での記述も試みたが、じき諦めた。十分な言語学の知識がなかったこともあるが、彼らの言葉を学ぶのに、理論的にしようとすればするほど、かえって喋ることができなくなってしまうのに気がついたからだ。
子どもたちが一番の先生だった。色々なものを指さしてその名前を教えてくれ、とても面白がりながら、私が言葉を繰り返し言うのを助けてくれた。そして、何かを意識的に説明しようとしたりは一切しなかった。子どもたちと一緒にいると、間違いを恐れる必要などなしに、長いあいだ言葉の練習を続けることができた。ミラグロスがいなくなったあとにも、理解できないことはまだまだたくさんあったが、声の調子や顔の表情、そして手と体の雄弁な動きの意味を適切に読み取ることができるようになり、自分でも驚くほど、みんなとのコミュニケーションはスムーズなものとなった。
正式な授業時間の合間に、リティミは様々な小屋に私を連れていき、たくさんの女たちに会わせてくれた。私はどんな質問でもすることができた。**068**女たちは私の好奇心に面食らいながらも、ゲームでも楽しむかのように気さくに話をしてくれた。私に分からないことがあると、繰り返し繰り返し気長に説明をしてくれた。
ミラグロスが先例を作ってくれたお陰で私は大いに助かった。ここでは好奇心は悪いことと見なされるだけでなく、質問はされたくないという彼らの気持ちにも逆らうものでもあっだ。にも関わらず、ミラグロスはとても寛大に私が好奇心のままに振る舞うことを許してくれた。私の好奇心のことを風変わりな気まぐれと彼は呼んだが、この娘はイティコテリの言葉や習慣について知れば知るほど、それだけ早く皆とくつろいでいられるようになるのだ、と説明をしてくれたのである。
そうやって話を聞いているうちに、じき分かったのは、直接的な質問をたくさんする必要はないということだった。自分の側について何気なく説明するだけで、それに対応する相手側のことを、それも、教えてもらえるとは思いもしなかったようなことまで色々と聞かせてもらえることも、しばしばだった。
毎日暗くなる前の時間に、リティミとトゥテミに手伝ってもらいながら、昼の間に集めたデータに向かい、社会構造、文化的価値、自給技術などといった、人間の社会行動に関する普遍的なカテゴリーによって分類することを試みた。
しかし、大変残念なことに、ミラグロスが触れることをしない話題が一つだけあった。シャーマニズムである。自分のハンモックの中から治療の儀式を二回見る機会があり、細かい点に至るまで記録を取ることができた。
「アラスウェは偉大なシャポリだ」一回目の治療の儀式を見ているときにミラグロスはそう言った。
「祈りを唱えることで精霊の助けが得られるの?」ミラグロスの義兄弟であるアラスウェが、うつ伏せに寝ている子どもの体をマッサージし、吸い、こするのを見ながら私は訊ねた。
ミラグロスは怒った顔でこちらを見た。「話してはいかん事柄というものがある」彼は急に立ち上がったが、小屋を立ち去る前につけ加えて言った。「こうしたことについての質問はいかん。そんなことをすれば全くやっかいなことになるぞ」
**069** ミラグロスの言った内容には驚かなかったが、あからさまな怒りは予期しないものだった。彼がその話題について話さないと言うのは、私が女だからなのか、それともシャーマニズム自体がタブーの話題だからなのだろうか、と私は考えた。その時点では敢えて答えを探そうとは思わなかった。女であり、一人きりの白人なのだから、用心するに越したことはなかった。
多くの社会において、シャーマニズムに関わる知識や治療の実践というものは、修行者以外の者には明かされないものであることは、私も了解していた。ミラグロスがいない間、シャーマニズムという言葉こそ一度も口にしなかったが、怒りや疑いを引き起こすことなくシャーマニズムについて知るためにはどうしたらよいだろうかと、私は長い時間をかけて考えた。
シャポリが幻覚性の嗅ぎ薬であるエペナの影響下にあるとき、その体が変化をこうむると、イティコテリの人々が考えていることは、二回の儀式について取ったノートから明らかだった。つまり、シャーマンは自分の人間としての体が、超自然的体に変身しているという仮定の下に行動をしており、これによってシャーマンは森に住む精霊と交信することができるのである。私の方法論の眼目は、体を通してシャーマニズムを理解することにあった。ここでいう体とは、精神化学的法則や、自然の中の全体論的な力、環境、あるいは魂自体によって決定される対象としての体ではなく、生きて経験するものとして体、行動を通して立ち現れる、表現する統一体としての体を意味する。
私の研究も含めて、多くのシャーマニズムに関する研究は、治療についての精神療法的な面と社会的な面とに焦点を当てていた。私の方法論は、新しい説明を提供するだけでなく、疑いを引き起こすことなく治療について知ることをも可能にしてくれるだろうと私は考えた。体に関する質問だからといって、シャーマニズムに関係するとは限らない。私が実際には何を目的としているか、イティコテリの人々に気づかれることなく、少しずつ必要な情報を集めることができるに違いなかった。
**070** 自分がしている不誠実なやり方について感じる良心の痛みは、西洋以外の治療の実践を理解するためには、この研究はとても大切なものなのだと、何度も自分に言い聞かせるうちに静まっていった。風変わりな、そして多くの場合奇妙としか言いようのないシャーマニズムの風習は、別の解釈の枠組みのもとで光を当ててこそ理解可能になるものであり、一般的に、このようにして人類学の知識は深められていくのである。

「もう二日間も仕事をしてないじゃないの」ある午後、リティミが言った。「昨日の夜の踊りのことも質問してないでしょ。あれが重要なものだって分らなかったの? 私たちの歌と踊りがなかったら、狩りに出ている者たちは祭りのための獲物を持って帰ることができないのよ」彼女は私を叱りながらノートを膝に投げてよこした。「本に模様を書くことすらしてないでしょ」
「ニ、三日、休憩を取ってるの」そう言って私は、自分の持ち物のの中で一番大切なものであるかのように、そのノートを胸の前で抱きしめた。ノートのどの一ページを取ってもシャーマニズムに関するデータで一杯であることを、彼女に伝えるつもりは全くなかった。
リティミは私の両手を取り、じっくりと調べ、とても深刻そうな顔を装って言った。「両手ともすごく疲れてるようね。休ませてあげなくちゃ」
私たちは吹き出した。ノートに模様を描くことを私が仕事と考えていることに、リティミはいつも面食らっていた。彼女にとって仕事といえば、畑の草を取ること、焚き木を集めること、シャボノの屋根を直すことだったからだ。
「踊りも歌もとても素敵だった」私は言った。「あなたの歌っている声がちゃんと分ったわ。美しい声ね」
リティミは嬉しそうに笑った。「歌はとっても上手なの」その言葉には控えめな自信が率直に表され、魅力的だった。少しも自慢気ではなく、事実を述べているだけなのだ。「狩りに出ている人たちは、きっとたくさん獲物を取ってくるわ、祭りに来る人たちが食べきれないほどね」
うなづいて同意しながら、私は小枝を探し、柔らかい地面に人間の体を描き始めた。「これは白人の体」主な内臓や骨を描きながら私は言った。「イティコテリの人の体はどうなってるの?」
「そんなばかげた質問をするなんて、相当くたびれてるのね」リティミはそう言って、なんておばかさんなの、と言いたげな顔で私を見つめた。彼女は立ち上がって踊り始め、大きな声でメロディアスに歌った。「これが私の頭、これが私の腕、これが私の胸、これが私のお腹、これが私の……」
じきにリティミの奇妙な踊りに惹かれて、女たち、男たちが周りに集まってきた。甲高い声を上げ、笑いながら、互いの体について卑猥なことを言い合った。大人になりかけた少年たちの中には、笑いすぎて、自分のペニスをつかみながら、地面を転げ回る者までいた。
「私が描いたみたいに自分の体の絵を描ける人はいない?」私は聞いた。
数人がこの問いかけに応え、木のかけら、枝、折れた弓などを手に取り、地面に絵を描き始めた。彼らの描いた絵には、それぞれに明らかな違いがあった。はっきりと分かるように強調して描いてある性的な違いだけでなく、男たちの体には全て胸の中に小さな何者かの姿が描かれていたのだ。
私は自分の喜びを隠すことができなかった。これこそアラスウェが、治療の儀式を始める前に呼び出していた精霊に違いないと思ったのだ。「これは何なの?」私は何気なく聞いた。
「男の胸に住んでる森のヘクラたちさ」男の一人が言った。
「男たちはみんなシャポリなの?」
「男はみんな胸にヘクラたちが住んでるんだ」男は言った。「だけど本物のシャポリだけがヘクラたちを使うことができる。そして偉大なシャポリだけが、病気を治したり、敵のシャポリの呪文を解いたりするために、自分のヘクラたちに命令することができるのさ」私が描いた絵を見ながら、彼は訊ねた。「どうしてあんたの絵には足の中にまでヘクラスが描いてあるんだい? 女にはヘクラスはいないのに」
そこに描いてあるのは精霊ではなく、内臓と骨であることを説明すると、彼らはすぐさま自分たちの絵にもそれを描き加えた。私は知ることのできた内容にすっかり満足して、リティミが森に焚き木を集めに行くのに喜んでついていった。焚き木を集めることは、女の仕事の中でも一番大変で、一番嬉しくないものだった。囲炉裏の火を絶やすことは許されなかったから、焚き木はいくらあっても、ありすぎるということがないのだった。
**072** その晩も、私が村にやって来て以来の毎晩と同様、リティミは私の足に棘や何かのかけらが刺さっていないかを調べてくれた。そして、何もないことに満足すると、両手で私の足をこすり、きれいにしてくれた。
「シャポリがエペナを摂ったときには、体が変身することになるのかなあ?」私は言った。私の理論的仮説の独自性は、シャーマンが体に関する一つの想定のもとに行動しているということにあったので、彼ら自身の言葉でそのことを確認しておくことが重要だった。つまり、その想定がその集団の中で共有されているのかどうか、もしそうなら、それは意識的な性質のものなのか、それとも無意識的なものなのかを知る必要があったのである。
「昨日のイラマモウェを見た?」リティミは聞いた。「彼が歩くところを? 彼の足は地面に触れやしなかった。彼は力のあるシャポリよ。偉大なジャガーになっていたの」
「彼は誰の治療もしなかったね」私は重たい気持ちになって聞いた。アラスウェの兄弟であるイラマモウェが偉大なシャーマンと見なされていることに、私は幻滅していた。自分の妻を殴っているところを二度も見たことがあったからだ。
会話を続けることに興味を失くして、リティミはむこうを向くと、夕べの儀式の準備に取りかかった。彼女は小屋の裏手の小さなロフトから私の持ち物をしまってあるかごを取り出し、地面に置いた。一つ一つ品物を取り出しては頭の上にかざし、私がその名前を言うのを待った。私が名前を言うとすぐに、まずスペイン語で、続いて英語で、彼女は名前を繰り返し、そうして首長の妻たちと他に何人かの女たちが、私たちの小屋に毎夜集まっては、異国の言葉を口にするという、夜の合唱の時間が始まるのだった。
自分のハンモックでくつろいでいる私の髪を、トゥテミが指でかき分け、いるはずのないしらみを探してくれた。少なくとも今のところ、一匹もいないはずだと、私は確信していた。リティミは二十歳くらいだと思っていたが、トゥテミはそれより五、六歳若く見えた。トゥテミの方が背が高く、体重も重く、彼女のお腹は初めての妊娠で大きくなっていた。**073** 彼女は恥ずかしがりで引っ込み思案だった。黒い瞳に、寂しげな、遠くを見るような眼差しをたたえていることもしばしばで、声に出して考えごとをしているかのように、ひとり言を言っていることも時々あった。
「シラミよ、シラミ!」女たちのスペイン語と英語の謡いをさえぎって、トゥテミが大声を出した。
「見せて」冗談を言っているのだろうと思いながら私は言った。「シラミって白いの?」彼女の指の上に小さな白い虫を見ながら私は聞いた。シラミは黒っぽいものとずっと思っていたのだ。
「白い娘に白いシラミね」トゥテミはいたずらっぽく言った。そして満足気に喜びの表情を浮かべながら、その虫を一匹ずつ歯で潰しては飲み込んだ。「シラミはみんな白いのよ」

☆第一回〜第五回はこちらです。
[第一回] | [第二回] | [第三回] | [第四回] | [第五回]

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2017年4月11日火曜日

05 フロリンダ・ドナー「シャボノ」


フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第五回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙13枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第一回〜第四回はこちらです。
[第一回] | [第二回] | [第三回] | [第四回]


[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします。それでは、お楽しみください]

出会って間もない二人の先住民族とともに、はじめてアマゾンの森に足を踏み入れた若き女性文化人類学者のフロリンダが、ついに森の奥の先住民族たちと出会うことになります。

(今回で第一部終了、ここまでで全体の五分の一ほどです)

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第一部 (承前)

**052**


それからの二日間、私たちは今までよりペースを上げて、休みなく丘を登っては下り、歩き続けた。ミラグロスが押し黙ったまま影の中に消え、また姿を表すのを、私は落ち着かない気持ちで見ていた。彼が先を急ぐ様子を見ると、私の中の不確かな気持ちは強まるばかりで、布教所に連れ帰ってくれと、叫びたくなる瞬間も幾度となくあった。
雲が白から灰色、そして黒へと色を変えるにつれ、午後の時間が森を包み込んでいった。重苦しく抑えつけるように、雲は梢の上を動いていた。耳をつんざく雷鳴が静けさを破った。土砂降りの雨が降り出し、容赦なく荒れ狂って枝や葉を引き千切った。切り取った巨大な葉の下に入るようにと身振りで示しながら、ミラグロスは地面にしゃがみ込んだ。私は彼の横に座ることはせずに、ナップサックを下ろした。粉になったアンゲリカの骨の入ったひょうたんを腰から外し、Tシャツを脱いだ。痛む体を雨が、暖かく、心地よく打った。まず頭を、次に体を、シャンプーで泡だて、灰と死のにおいを体から洗い流した。ミラグロスを振り返ると、黒く汚れた顔に疲れが露わだった。その目に湛えられた悲しみの色はとても深いものだったので、そんなに急いで体を洗ってしまったことを私は後悔した。落ち着かない気持ちのまま私はTシャツを洗い始め、彼の方は見ずに訊ねた。「もう村は近いの?」布教所を出てから軽く百マイルは歩いただろうと私は確信していた。
「明日には着く」つると葉でくるんだあぶり肉の小さな包みを広げながら、ミラグロスは言った。奇妙な笑みで口の端が少し上がり、つり上がった目の周りのしわが深くなった。「つまり俺のペースで行けば、ということだがな」
雨脚は弱まり、雲は散っていった。私は深く息を吸うと、澄んで新鮮な空気で肺を満たした。雨が小降りになってからもしばらくの間、木の葉からはしずくが落ち続けた。しずくは太陽の光を反射し、ガラスの欠片のまばゆさで、きらめき輝いた。
「人が来る音がする」ミラグロスが囁いた。「じっとしていろ」
鳥のさえずりも、風にそよぐ葉の音も、私には何一つ聞こえなかった。私がそう言おうとした瞬間、小枝の折れる音がして、裸の男が私たちの目の前の小道に現れた。
男は私よりさほど背が高いわけではなかった。たぶん五フィート四インチくらいだろう。それなのに私よりずいぶん大きく感じられるのは、筋肉質の胸のせいか、それとも裸であるせいだろうかと、私は考えた。男は長い弓と何本かの矢を持っていた。顔と体には赤い線がくねくねと描かれ、両足の横を通って伸び、かかとの周りに描かれた点々で終わっていた。
男の後ろ、少し離れたところから、二人の若い裸の女が私を見つめていた。驚きに表情は凍りつき、黒い瞳は見開かれたままだった。植物の繊維の束が耳から伸びているように見えた。口の両端と下唇にはマッチほどの棒が挿してある。腰と二の腕、手首と膝の下には、赤い綿の糸の帯が巻かれていた。黒い髪は短く刈られ、頭の天辺が広くきれいに剃られているのは、一緒にいる男と同様だった。
誰もが押し黙ったままだったので、緊張に耐えかねて私は叫んだ。「ショリ・ノジェ、ショリ・ノジェ!」**054**もし森で先住民族に出くわしたら大きな声でそう挨拶しろと、アンゲリカが教えてくれていたのだ。「よき友よ、よき友よ!」という意味である。
「アイア、アイア、ショリ」男は近づきながら、そう答えた。赤い羽根が両耳を飾っている。私の小指ほどの短い篠竹が両方の耳たぶに挿してあり、二枚の羽根はそれを台にして立っていた。彼は大きな身振り手振りをしながら、ミラグロスに話しかけた。薮の中へと向かう小道を手や頭の動きで示し、繰り返し両手を頭の上へ上げては、太陽光線をつかもうとするかのように五本の指を伸ばした。
私は女たちに手招きした。二人はくすくす笑って薮の陰に隠れた。二人が背中に結わえたかごの中にバナナを見つけ、私は大きく口を開けると、両手を使って一本食べたいのだと身振りした。二人のうち年上の方が注意深く近寄ってきて、私の方は見ずにかごをほどき、バナナの房から、一番やわらかく一番黄色い一本をもぎ取った。優雅な動きで口の端の二本の形よく細長い棒を抜き取ると、皮に歯を立て、実に沿って皮を割って剥き、私の顔の前に剥いた実を差し出した。三角形をした変わった形の実で、今まで見たことのある中で一番太いバナナだった。
「おいしい」私はスペイン語でそう言うと、お腹をさすった。味は普通のバナナと特に違わなかったが、口の中に厚い膜が残った。
彼女はもう二本をくれ、更に四本目の皮を剥こうとしたので、もう食べられないことを伝えようと努力した。彼女はにこにこ笑いながらバナナの残りを地面に落とし、私の腹を両手で触った。手の皮は固かったが、長い繊細な指で、優しく、私が本当に存在するかを確かめるかのように、胸、肩、顔と恐る恐る触っていった。彼女は鼻にかかった甲高い調子で話し始め、その声はアンゲリカの声を思い出させた。私のパンティのゴムを引っ張ると、連れに見るように声をかけた。そのときになって急に私は恥ずかしく感じ、後ろに身を引こうとした。二人は大喜びで笑い声を上げながら、私に抱きついてくると、私の体の前も後ろも撫で回した。そして私の手を取ると、自分たちの顔や体を触らせた。二人は私より少し背が低かったが、体はがっちりしていた。豊かな胸、膨らんだ腹、広い尻を見ていると、自分がちっぽけに感じられた。
「彼らはイティコテリの村の者だ」私の方を向くとミラグロスは言った。「男はエテワ、女たちはその二人の妻、リティミとトゥテミだ。村の他の者たちとともに、この近くにある以前使っていた畑で何日かのキャンプをしているところだ」木の幹に立てかけておいた弓と矢に手を延ばすと、つけ加えた。「俺たちも彼らと行動をともにする」
その間に女たちは私の濡れたTシャツを見つけると、すっかりそれに魅せられて、線の描かれた顔や体をそれに擦りつけてしまった。私が何とかTシャツを取り戻し、頭からかぶったときには、すっかり伸びた上、赤いオノトのペーストの跡がつき、汚れて大きすぎる米袋をかぶっているような有り様だった。
私が灰で満たされたひょうたんをナップサックに入れて背負うと、女たちは抑えられずにくすくす笑い出した。エテワがやってきて私の隣に立った。茶色の瞳で私を見つめるとにやりと大きく笑って、その指を私の髪に走らせた。尖って形のよい鼻に、柔らかい曲線の唇をしており、その丸顔は少女を思わせた。
「俺はエテワが少し前に見つけた獏を、彼と一緒に獲ってくる」ミラグロスは言った。「お前は女たちと一緒に行ってくれ」
少しの間、信じられない思いで彼を見る以外のことができなかった。「でも……」ようやくそれだけ言ったが、何と続ければよいか分らなかった。ミラグロスが笑い出したことからして、私の様子は滑稽だったに違いない。彼のつり上がった目は、額と高い頬骨の間にほとんど埋もれてしまっていた。彼は片手を私の肩においた。真面目な顔をしようとしたが、唇にはかすかに微笑みが残ったままだった。
**056**「三人ともアンゲリカと俺の仲間だ」エテワとその二人の妻のほうを向いて彼は言った。「リティミはアンゲリカの大姪だ。アンゲリカと会ったことはないがな」
私は二人に微笑みかけた。ミラグロスの言葉が分ったかのように二人はうなずいた。
ミラグロスとエテワの笑いがつる植物の間を響き渡り、二人が川沿いの小道を、脇に生える竹の茂みへ向かって歩くに従い、その声は静まっていった。リティミが私の手を取り、茂みの中へと歩き出した。

私はリティミとトゥテミの間を歩いた。私たちは一列になって物も言わず、イティコテリの今は使われていない畑を目指した。二人の足がしっかりと地面を捉えて歩けるのは、重い荷物を背負っているからなのか、それとも膝と足先を内股にして歩くせいなのかと私は考えた。梢を通してやってくる、かすかな日射しが作る私たちの影が、長く伸び、そしてまた短くなっていった。疲れてかかとに力が入らなかった。足が思うように動かず、枝や根につまづいた。リティミが私の腰に手を回してくれたが、道が狭くかえって歩きにくかった。彼女は私の背からナップサックを取り、トゥテミのかごに入れてくれた。
私は奇妙な不安に襲われた。自分のナップサックを取り戻して、灰で満たされたひょうたんを取り出し、腰に巻きたいと思った。ある種の絆が断ち切られるような感覚を私は覚えたのだ。その時の気持ちを言葉にするよう頼まれても、そうすることはできなかっただろう。けれども、アンゲリカが私の中に植えつけた魔法の効果のうちのいくらかは、その時を境に消え去ったのだと私は感じた。
私たちが森の中の開けた場所に辿りついたのは、木々の作る地平線の向こうに日がすでに落ちたあとだった。緑の影の中に、ほとんど透明と言ってもよいほど明るい緑色をしたプランテンの葉がはっきりと見えた。かつては大きな畑だったに違いない場所の縁に、**057**三角形をした背の低い小屋がいくつか、その背を森に向け、半円形を描いて並んで建っていた。住まいは屋根があるだけで壁はなく、屋根は幅広いバナナの葉で何層かに葺いてあった。
誰かが合図でもしたかのように、口を開け、目を見開いた女と男の一群が突然現れて私たちを取り囲んだ。私はリティミの腕にすがりついた。森の中を一緒に歩いてきたことで、彼女は私たちを取り巻く見知らぬ人影とは違う存在になっていたのだ。リティミは私の腰に手を回し、私を自分の方に引き寄せた。彼女が発する早口で甲高い声のお陰で、少しの間人々の群れは距離を保っていたが、突然彼らの顔が私の顔から一インチと離れないほどに近づいた。あごからはよだれがしたたり落ち、歯茎と下唇の間に挟んだタバコの葉の塊のせいでどの顔も形が歪んで見えた。人類学者が異文化を考察するときに必要な客観性のことなど、すっかりどこかに行ってしまっていた。その瞬間、先住民族たちは醜く汚らしい人々の群れ以外の何者でもなかった。私は目を閉じたが、骨ばった手がぎこちなく頬に触れるのを感じて、次の瞬間には再び目を開けざるを得なかった。目の前に老人の顔があり、男はにやりと笑いながら叫んだ。「アイア、アイア、アイーーア・ショリ!」
その叫びが響き渡ると、誰もが大喜びで一斉に私に抱きつこうとしたが、それはほとんど私にぶつかってくるのと変わりなかった。私はTシャツを引っ張られ頭から脱がされてしまった。彼らの手、唇、舌が私の顔と全身を這い回り、煙と土のにおいがした。肌には彼らの唾がまとわりつき、すえたタバコのにおいを放った。耐え切れずに私は声を上げて泣き出してしまった。
心配そうな顔をして彼らは身を引いた。言葉は分らなかったが、声の調子で彼らが戸惑っているのがはっきり分った。
夜になってからミラグロスに聞いたところによると、リティミは人々に、森の中で私を見つけたと説明したのだそうだ。彼女は初め、私を精霊だと思い近づかなかったが、バナナを平らげるのを見て人間であることを確信したのだという。何しろあんなにがつがつとものを食べるのは、人間以外ありえないからだ。
私とミラグロスのハンモックの間に、焚き火がたかれた。焚き火は煙を出し、ぱちぱちと音を立ててはぜながら、壁のない小屋にかすかな光を投げかけた。小屋を取り巻く木々は、一かたまりの黒い闇にしか見えなかった。その赤みを帯びた光が煙と一緒になり、私の目は涙でうるんだ。人々は焚き火を囲み、肩と肩が触れ合うほど近くに座った。影のついた人々の顔はどれも同じに見えた。体に描かれた赤と黒の模様は、彼らが体を動かすたびにくねくねとよじれ、それ自身、命を持っているかのようだった。
リティミは足はまっすぐに投げ出して地面に座り、左腕は私のハンモックにもたせかけていた。揺れる明かりの中で彼女の肌は柔らかく濃い黄色に見えた。こめかみに向かって顔に描かれた模様で、アジア風の顔立ちが強調されている。口の両端、下唇、鼻梁に開けられた小さな穴が、棒を外されて、はっきりと見えた。私が見ているのに気づいて、彼女は真っ直ぐこちらを見ると、丸い顔をくしゃくしゃにして微笑みを浮かべた。短く角ばった歯は、丈夫そうで真っ白だった。
人々が静かに話す声を聞いているうちに私はうとうとし始めたが、眠りは途切れ途切れだった。ミラグロスは何を話しているんだろうと思いながら、私は眠らずに、人々の笑い声に耳を傾けていた。

(第一部・了)

☆第一回〜第四回はこちらです。
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