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2017年2月21日火曜日

偶然と奇跡の物語、「あーす・じぷしー」って実話なの?


今日は[「あーすじぷしー」]という本の紹介を兼ねて、この話は「ほんとに実話なのか」ということについて、書いてみようと思います。

「あーすじぷしー」は大分出身の若い女の子まほが、一般社会の普通の枠組みの中で生きることに違和感を感じて、自由でワクワクする人生を送り始めるまでの実話の物語です。

専門学校を卒業して憧れの会社に就職して服飾デザイナーになったのに、なぜか充実感を感じられないまほは、一年足らずでやめ、東京の専門学校に入り直します。

そうして一人暮らしを始めた東京で、偶然が導く人や出来事の連続の結果、「デザイナーになる」という過去の夢を捨て、彼女はペルーへと導かれます。

そして、ペルーで体験する「聖なる真実アヤワスカ」のビジョンこそが、この物語の圧巻なのですが、その辺りについては、次の記事にもう少しくわしく書いていますので、ご覧ください。

[[本の紹介]不思議な双子の物語、Naho & Maho「あーす・じぷしー」]

  *  *  *

さて、この本の話を読んで、
「これ、ほんとに実話なの?」
と思う方は少なくないように思います。

なにしろ、東京に出てから、彼女がペルーに導かれていく道行きというものが、普通にはありえないような偶然の連続に満ちているからです。

就職の内定を辞退し、東京で出会った友だちの影響から、海外に旅すること決めた彼女の中には、海外旅行に対する具体的なビジョンはありません。

どこに行こうかと考えあぐねている彼女に、友だちのすすめてくれた一冊の本が答えをもたらします。シャーリー・マクレーンの「アウト・オン・ア・リム」という本です。この本でシャーリーは、ペルーでの神秘体験について書いており、それがシャーリーの人生の大きな転換点になるのですが、そのあまりの不思議な記述に、まほは「これは本当の話なんだろうか?」と思います。

そのことに加え、シャーリーの誕生日がまほと同じであることが「大きな前兆」となり、まほはペルーに行くことを決心するのです。

そして、ペルーがどこにあるかもよく分からないまま、借金をまでしてペルー行きの航空券を買ってしまいます。

旅の準備も整わないでいる彼女に、次の偶然がやってきます。専門学校の友だちの、お母さんの友だちのまきさんという人がペルーに行ったことがあるという情報です。

けれども、出発まであとひと月というのに、まほは旅費を稼ぐアルバイトに精一杯で、まきさんに十分連絡を取る余裕もありません。

すると、まきさんが東京に来ることになり、会って直接ペルーの話を聞くことができたのです。そして、まほのペルーでの体験についてのキーパーソンとなる、日本語堪能なリョニーさんを紹介してもらいます。

そして、さらに出発の一週間前、次なる奇跡が起こります。

いまだアルバイトで手一杯で、旅の準備ができないままでいるまほに、旅から帰ったばかりのバイト先の先輩スタッフが、買えば十万円はするのではないかという旅道具を一式そのまま貸してくれたのです。

こんなのって普通ありえないですよね(笑)。

こんなふうに、偶然の導きだけで物語は進んでいきますし、しかもその一つ一つの出会いが、さわやかであったり、感動的なものであったり、あるいは深く重いものであったりするのですから、「アウト・オン・ア・リム」を読んだまほが「これは本当の話なんだろうか?」と思ったのと同様、この「あーすじぷしー」というお話を読んでいるわたしたちも「これって実話?」という思いがどうしても湧いてきます。

けれども、さまざまな出会いと、それに対するまほの、積極的に受け入れていこうとする勇気も、とまどって足踏みをする弱さも、等身大の飾らない表現と思えますし、出会いを糧として自分に向き合い、自分の弱さを克服していく姿勢は、自分の心の深い部分までもさらけ出す勇気ある記述です。

そうした部分について、特に作り話の空気を感じることはありませんでした。

そして、まほは、ぼくたち「一般の人」とは「違う星の下」に生まれた人なんだろうな、というようなことも考えます。

この本を読んでそれを「前兆」と捉え、ペルーに行き、やみくもに聖なる真実の体験をしたからといって、まほのような「変容体験」は期待できません。

お金持ちやスポーツ選手の人生というものも、ある種の奇跡に満ちているものです。けれども、そうした成功者の人生についての本を読んで、そのとおり真似をしたからといって、自分も成功者になれるかというと、そう簡単にいくものではないのと一緒です。

もちろん、この本をきっかけに、自分なりの準備をし、十分な決心をして臨めば、「聖なる真実」はあなたの人生にとって重要な体験となりえます。

逆に言えば、十分な準備ができずに行きあたりばったりで「聖なる真実」を体験しても、頭痛や吐き気、そして見たくもない不愉快なビジョンを得るだけで終わり、ということも考えられるのです。

まほは、自分から積極的に「聖なる真実」との出会いを求めたわけではありません。

東京に行ってからの新しい出会い、そして出会った人からの助言によってお母さんとの和解を経験し、そうした数々の前兆とそこからの気づきの連鎖が、ペルーに行ってからも、さまざまな偶然を呼び寄せ、彼女を「聖なる真実」へと導くのです。

まほの中に眠っていた「目覚め」への欲求が、世界の流れと呼応して、彼女の「変容体験」という奇跡を呼んだのです。

まほは、ほんとに「特別な星の下」に生まれた人なのだなあと、深く思います。

  * *  *

この本は一冊の物語ですから、いくらかの脚色はあるかもしれませんし、思い違いによる事実との相違もありえます。

けれども大筋としての事実性を疑う必要はなさそうです。

そして、仮にこれが完全なフィクションだとしたら...... 。

それこそ、まさに驚くべきことで、これだけのものをフィクションで書けるということは、まったく稀有な才能というしかありません。

[こちらのページ]を見ますと、単行本は15,000部に達し、韓国語版の出版も決まったとのことで、この日本発のスピリチュアル・ストーリーが、広範な読者を獲得し、末永く読み継がれていくだろうことを予感させます。

新しい才能の誕生を目撃する幸せを感じながら、今日はこの辺りでタブレットを置きます。

それでは、みなさん、またー。

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2017年2月16日木曜日

[本の紹介]不思議な双子の物語、Naho & Maho「あーす・じぷしー」


Naho & Maho「あーす・じぷしー」 [Kindle版] [単行本]

この本は、「あーす・じぷしー」という名前で、世界中、気ままに旅をしながら、自由な人生を生きる実験をしている双子の姉妹、なほとまほの自伝的な物語です。

双子の物語ではありますが、実際には妹のまほが語り手であり、主人公です。まほの「そぱ」には、姉のなほがいつも寄りそいたたずんでいます。

なほとまほは双子であるがゆえに、子どもの頃には互いにテレパシー的な感覚があって、永遠あいこができました。

二人でじゃんけんをして、片方は出す役、片方は読む役。そうするといつまでもあいこを続けられたのです。

また、まほは、幽霊やお化けもよく見ていて、亡くなったおじいちゃんにも会ったことがあるような、霊感の強い人です。

そして、彼女は共感覚の持ち主であり、音や人、場所に色がついて見えていました。色とりどりの楽しい毎日を生きていたのです。

ところが大人になるにつれ、そんな感覚も消えていきます。お金のこと、就職のこと、仕事のこと、人間関係のこと、そうしたことで頭がいっぱいになるにつれて、子どもの頃の「楽しい感覚」を大事にできなくなってしまったのです。

大分出身のまほは、デザイナーになるという子どもの頃からの夢をかなえるために、専門学校に行き、大阪で就職します。けれども、憧れのブランドの会社に入ったのに、なぜか充実感はなく、一年足らずでやめてしまいます。

そして、実家に帰り、寝る時間も惜しんで働き、お金を貯め、東京の難しい洋服の学校に入り直します。そうすることで、デザイナーとしての新しい道が開けるはずだと思ったのです。

  *  *  *

さて、東京では何がまほを待ち受けていたのでしょうか。

それは、さまざまな、人や出来事との出会いです。

道端で運命的に出会った、同じ九州出身の若者二人。二人は、日本の枠にしばられず、この世界を自由に生きています。

また、まほは 2011 年 3 月 11 日の大地震を、アルバイト先の新宿の電器屋で経験します。

まほの心は、この地震に大きく揺さぶられ、せっかく決まった内定も辞退してしまいます。デザイナーになる、という「夢」を捨てたのです。3.11 から半年ほど経った頃のことです。

そして、まほは、「ワクワクして生きなさい」という言葉を胸に、行き先の見えない、不思議な旅を始めることになるのです。

  *  *  *

パウロ・コエーリョの「アルケミスト」シャーリー・マクレーンの「アウト・オン・ア・リム」、ブログで知った青年との出会い、その青年からのつながりで知った作家からのアドバイスなど、たくさんの「前兆」がまほを旅へと導いて行きます。

そして、無謀とも言えるような、直感にだけしたがった旅は、彼女をペルーにまで呼び寄せ、シャーマンの儀式へと立ち会わせることになります。

ペルーの小さな村の、さらに人里離れた小さな家で、聖なる真実アヤワスカが彼女に見せるビジョンは圧巻です。

すべての空想が現実になり、あまたの時代の様々な人生を、彼女は自分のものとして経験します。

自分が双子の姉とともにこの世に生まれる瞬間を、強烈な喜びを感じながら再体験します。

そして、そうした「光」の面からさらに進み、世界の「影」の面、自分の感覚が当てにならない、どこにも確かなものがない、一人ぼっちの孤独な宇宙をも見せつけられます。

「もう元には戻れない」という恐怖を味わい尽くしたあとで、ようやく彼女は、「戻る」のではなく「選ぶ」ことによって、この世界に戻ってきます。

粉々に砕けてしまい、形を失ってしまった世界が、そして秩序が、再生するのです。

こうした断片的な記述では、彼女の体験を十分には伝えられませんので、そうした神秘体験や、変性意識について興味のある方は、ぜひ「あーす・じぷしー」という本を手にとって読んでほしいと思います。

この本は、ハクスリーの「知覚の扉」カスタネダのドンファン・シリーズと並べてもおかしくないほどの、日本発かつ日本初の本格的なサイケデリック文学といってよいでしょう。
(ほかに日本産のサイケデリック文学をご存じの方があれば、ぜひご教示ください)

Naho & Maho「あーす・じぷしー」 [Kindle版] [単行本]

なお、聖なる真実アヤワスカの場面は、「あーす・じぷしー」の書籍でしか読めませんが、まほがペルーに至るまでの物語は、ネット上でもほぼ同一の内容が公開されています。

[あーすじぷしー第1話]

以上、不思議な双子の姉妹、「あーすじぷしー」の物語のご紹介でした。

では、また。

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[「人生長すぎる」とお嘆きのあなたへ - エクハルト・トールの場合]

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2017年2月14日火曜日

「人生長すぎる」とお嘆きのあなたへ - エクハルト・トールの場合


「人生長すぎる」

ぼくもそう思ったことがあります。

「なんだか毎日がつまらない」

そんなことも、時々、思います。

そして、「消えてしまいたい」とか「もう生きていられない」とか。

そういう思いをふっ飛ばして、元気に生きたい、と考えはしても、「できないものは、できない」んですよね。

「今の自分には、明るく普通に生きるなんてできないんだ」と開き直ることも大切です。

うつ的な気分が湧いてくる自分を、認めてやったらいいんです。

たぶんあなたは、自分の気持ちを殺して、周りの要求に応えるために、自分の人生を使いすぎてしまったのです。

いつの間にか周りのために生きることになってしまったとき、自分がなんのために生きているのか分からなくなって、生きるのが苦しくなって、最後には死を選ぶことになる。悲しいことですが、これも、ある意味、自然なことです。

けれども、今これを読んでいるあなたは、まだ、死を選ぶところまでは、行っていないわけですから、今から自分の生き方を変えることもできるわけです。

とはいえ、生き方を変えるということは、いとも簡単であると同時に、なんとも難しいことです。

周りの目を気にしすぎているのは、あなた自身なのですから、周りを気にするクセを変えればいいだけです。話は簡単ですよね。

ところが、それを実行するのが難しい。

「もう周りの目は気にしないぞ」と心に決めても、その瞬間から、その通りに生きるというわけにはいきません。

こうしたことには、どうしても時間がかかります。

ところが、世の中には稀に、あるとき突然、劇的な変化が訪れる人もあるようです。

エクハルト・トールという作家がいますが、この人は長い間うつ的な思いをかかえて生きていたのに、ある晩、その重苦しい気分の中で、次のような経験をします。

「私は、もうそれ以上自分自身と生きることが出来なかった。そして、答えのない疑問が生じた。自分と生きることが出来ないこの『私』は、一体誰なんだ? 自分とは何だ? 私は虚空へと吸い込まれるように感じた。その時は、一体何が起こったのか知らなかったが、満たされない過去と恐ろしい未来との間に生きている、思考が作り出した自我が、その重苦しさ、その抱える問題と共に、崩壊したのだ。翌朝、目が覚めてみると、すべてが実に穏やかだった。この平安は、自我がそこに無かったために現れたのだ。ただ存在の感覚のみ、あるいは『在ること』、ただ観察し見守っているだけだ。」

次の朝、トールはロンドン市内を散歩したが、「すべてが奇跡のようで、深く穏やかだった。車の往来さえも。」 [12] この感覚は持続し、トールはいかなる場面でも、そこに潜む平安を強く感じとるようになった。 [16] トールは博士号のために勉強をするのを辞め、ほぼ二年間に渡り、ほとんどの時間を「深い祝福に満たされた状態で」、ロンドン中心部の ラッセル・スクウェア の公園のベンチに座って、「世界が移ろいゆくのを見て」過ごした。トールは友人のところに居候になったり、 仏教寺院 に泊まったりしたが、それ以外は ハムステッド・ヒース で ホームレス として野宿もした。家族はトールが「無責任で、かつ正気を失った」と思っていた。

(以上、Wikipedia エックハルト・トールの項より)

このような深い体験は、誰にでも起こるというものではありませんが、意識を呼吸に向けることや、瞑想の練習をすることで、小さな「気づき」の体験を重ねていく道は、誰にでも開かれています。

まずは、深呼吸をしてみてください。

ゆっくり吸って、ゆっくり吐く。

千里の道も一歩から。ここからすべてが始まります。

こちらに簡単な瞑想の仕方を書いていますので、よろしければご覧ください。
[これなら簡単、誰にでもできる瞑想のやり方・方法]

また、エクハルト・トールの本はこちらがおすすめです。
「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」

あなたの毎日が、少しずつよい方向へ向かっていくことを、心からお祈りします。

以上、インドの聖地バラナシより、とし兵衛でした。

それでは、また。

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☆こちらもどうぞ

[本気で人生を変えたいですか? それなら、これだけは知っておいてください]

[人生は哲学するには長すぎる 02 厨ニ病患者のインド万歳]

[人生は哲学するには長すぎる 01 ぼくは万年厨ニ病]

[あーす・じぷしーの物語 - 「思い込み」から自由になるって、どーゆーこと?]

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[本の紹介:「呪術師カスタネダ」]

[本の紹介: カスタネダの友だち、フロリンダ・ドナーが描くアマゾンの暮らし「シャボノ」]

[惜しい! イケダハヤト氏の「三宅洋平不支持」発言]

[イケダハヤト氏が「お試しあれ」と言ったホメオパシー半可通講座]

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2017年2月5日日曜日

04 フロリンダ・ドナー「シャボノ」


フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第四回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙16枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第一回〜第三回はこちらです。
[第一回] | [第二回] | [第三回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします。それでは、お楽しみください]

出会って間もない二人の先住民族とともに、はじめてアマゾンの森に足を踏み入れた若き女性文化人類学者のフロリンダを待っていたのは、予想外の事態でした。

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第一部 (承前)

**044**


 続く四昼夜は、歩き、水浴びをし、眠るということを繰り返しているうちに、一つに溶け合ってしまったかのように思えた。それは、夢の中のような日々で、奇妙な形の木やつる植物が、見えない合わせ鏡に写し出されるかのように、切りもなく、何度も何度も現れるのだった。太陽がしっかりと降り注ぐ、森の中の開けた場所か、川辺に辿りつくまでは、そのイメージが消えることはなかった。
 五日めにはもう足に豆はできなくなっていた。ミラグロスが私のスニーカーを切ってばらし、柔らかくした植物の繊維を鼻緒として靴底につけてくれた。毎朝彼は手作りのサンダルに新しい鼻緒をつけてくれ、私の足は、それ自体の衝動に従うかのように、ミラグロスと老婆のあとを追って歩いた。
 高さが人間ほどもある葉やシダが沿って生える小径を、私たちは何も喋らず、ただ歩き続けた。あるときは、藪の下を這って抜け、あるときは、つる植物や枝が作る壁をかき分けて進んでいくうちに、私たちの顔は、汚れて擦り傷だらけになった。二人の道連れの姿が見えなくなることもあったが、ミラグロスは歩きながら枝を踏む癖があり、その音を追うのは簡単だった。木のつるで作られた吊り橋がかけられた川や流れをいくつも渡った。両岸の木に結ばれている吊り橋は、いかにも頼りなげで、吊り橋を渡るたびに、私たちの重さに耐えられないのではないかとはらはらした。**045**ミラグロスは笑って、自分たちの仲間は、方向感覚こそ今ひとつだが、橋をかけることについては確かな技を持っているのだと、私に受け合った。
 道を歩いていると、泥の上に足あとを見かけることがあった。ミラグロスは先住民族の居住地が近いのだと説明した。彼は目的地に早く着くことを優先したので、居住地に近寄ることはなかった。「一人なら、とっくに着いとるところなんだがな」いつアンゲリカの村に着くのかと私が聞くたびに、ミラグロスはそう答えた。そして私たちを見て首を振りながら、諦めた調子で付け加えるのだ。「女が一緒だと遅くなっちまう」
 けれどミラグロスは、私たちののんびりしたペースを気にしてはいなかった。午後早いうちにキャンプ地を決めることもしばしばで、私たちは広い川辺で、太陽に暖められた水に入って水浴びをし、川面に顔を出した大きななめらかな岩の上で体を乾かした。眠気を覚える心地よさに包まれ、私たちは動きのない雲を眺めた。本当にゆっくりとしか形が変わらないので、別の形へと変わる前に夕暮れが訪れてしまうほどだった。
 私が、この不可解な冒険行に加わることになった理由について、思いを巡らせるのは、こうしたものうげな午後のことだった。これは自分の夢を実現するためにやっていることなのだろうか。それとも手に負えなくなった責任からの逃避なのか。アンゲリカに呪文をかけられたという可能性すら、私は真面目に考えた。
 日が経つにつれ私の目は、いつでも目の前にある緑一色という景色に慣れていった。じきに私は、赤と緑の金剛インコや、黒と黄のくちばしのトゥカンを見分けることができるようになった。一度など水を探しにやって来た獏が、下生えの中何かにぶつかるところまで目撃した。その獏は、私たちの次の食事に出されることになった。
 赤茶色の毛をした猿たちが、木の上の方で、ずっと私たちのあとをついてきた。彼らが姿を消すのは、私たちが川沿いを行くか、滝の間を通ったり、空を映す静かな水路の脇を進んだりするときだけだった。下生えの深みに埋もれた、苔むした倒木からは赤と黄のきのこが生えていたが、あまりにも脆いので、私が触れると、色のついた埃でできているかのように粉々に砕け散った。
 私は、私たちが行き会う大きな川を、地理の本で憶えた川と照らし合わせることで、自分がどこにいるかを確認しようと試みた。私はミラグロスに川の名を訊ねたが、ミラグロスは先住民族の呼び名でしか答えてくれないので、私が知っている名前と一致することはなかった。
 夜になって、白い霧が地面から湧き出すかのように現れ、夜露の湿り気が顔に感じられる頃、ぼんやりとした焚き火の明かりの中で、ミラグロスは自分たちの神話を、鼻にかかった低い声で話し始めるのだった。
 アンゲリカは目を見開き、背筋を伸ばして座っている。彼女は話に注意を払うためというより、眠ってしまわないためにそうしているようだったが、十分もするとすやすやと眠ってしまうのだった。ミラグロスは夜遅くまで話をした。精霊でもあり、獣でもあり、一部は人間でもある存在が森に住んでいた時代について活き活きと語った。そうした存在たちが、洪水や疫病をもたらし、森を獲物と果物で満たし、人に狩りや農業を教えたのだ。
 ミラグロスのお気に入りの神話は、イウラメというワニの話だった。イウラメは川の生きものになる前は、人間のように歩き、話をすることもできた。イウラメは炎の守り主で、口の中に炎を隠しもっていたのだが、他の生きものたちとそれを分かち合うことはしなかった。森の生きものたちは豪勢な宴でワニをもてなすことにした。イウラメが笑ったときにだけしか、炎を盗むことができないのを知っていたからだ。次から次へと冗談が語られ、ついにそれ以上我慢ができなくなって、イウラメは大笑いをしてしまう。すると小鳥が一羽、開いた口に飛び込み、火を掠めとって聖なる木の高い梢に飛んで逃げてしまうという話だった。
 ミラグロスは、その時々に語る様々な神話を、大筋は変えることなく、気分に応じて語り変え、話をふくらませた。以前には考えてもいなかっただろう細部を付け加え、まさにその瞬間に思いついたに違いない個人的な見方を取り入れるのだった。
「夢を見るんだ、夢を」ミラグロスは毎夜、語り終えるときにこう言った。「夢見るものは、長生きをするからな」

**047**
  *  *  *

 それは現実のことだったのか、それとも夢だったのだろうか? アンゲリカの最初の声を聞いたとき、私は起きていたのか、眠っていたのか? 彼女は何か聞き取れないことをつぶやいて、起き上がった。寝ぼけたまま、顔に貼りついた髪を指ではがしながら、辺りを見回し、それから私のハンモックに近づいてきた。奇妙な熱心さで私を見つめるその目は、痩せてしわだらけの顔の中に、やけに大きく見えた。
 彼女は口を開き、喉から奇妙な音を出した。そして全身が震え出した。私は手を伸ばしたがそこには何もなかった。ただ、おぼろな影が、薮の中に見えただけだった。「おばあさん、どこへ行くの?」自分が訊ねる声が聞こえた。返事はなく、木の葉から露がしたたり落ちる音がするばかりだった。もう一度、彼女の姿がつかの間見えた。その日の午後に川で水浴びをしたときと変わらぬ姿だった。次の瞬間には彼女の姿は濃い夜霧の間に消えていた。
 呼び止めることもできず、私は大地の見えない裂けめに消えていく彼女の姿を見守るばかりだった。どんなに探してみても、彼女のワンピースすら見つけることはできなかった。これは夢なのだと、繰り返し自分に言い聞かせながらも、私は、霧に隠れる木の葉の間に彼女の姿を探しつづけた。しかし、どんなに探しても、彼女の痕跡すら見つけることができなかった。
 目が覚めたときには、不安な気持ちでいっぱいで、心臓がどきどきと打っていた。太陽はすでに梢の上に昇っている。旅を始めて以来、こんなに遅くまで寝ていたことはなかった。自分でも遅くまで寝ていたくはなかったのだが、それだけでなく、ミラグロスも夜明けには起きるようにと、強く言ったからだ。アンゲリカの姿はなかった。彼女のハンモックもかごもない。木の幹に、ミラグロスの弓と矢が立てかけられたままだった。おかしいと私は思った。弓矢を持たずに彼がどこかに行ったことは今までなかった。募る不安をなだめるため、ミラグロスは老婆と一緒に、昨日の午後見つけた果物か木の実を取りに行ったんだろうと、繰り返し自分に言い聞かせた。
 どうすればいいか分らず、私は川岸まで歩いた。私一人を残して、二人がどこかに行ってしまったことも、今までにないことだった。向こう岸に、一本の木が、どうにもひとりぼっちの様子で立っており、その枝を川面に垂らしていた。枝にはつる植物が絡みついて、赤い繊細な花をたくさん咲かせている。その姿は、巨大な蜘蛛の巣に、赤い蝶が捕らわれているかのようだった。
 オウムの群れが、にぎやかにさえずりながら、木のつるに羽根を休めた。そのつるは、どの木から伸びているのか見分けがつかず、水の中から何の支えもなしに宙に伸びているかのように見えた。オウムの声を真似てみたが、私の存在には全く気づかない様子だった。私が水の中に歩み入ると初めて、オウムたちは飛び立ち、空に緑の弧を描いた。
 太陽が木々の向こうに姿を消し、血のように赤い空が、その炎で川面を染めるまで私は待った。疲れ切って気力をなくし、私は自分のハンモックへと歩いて戻った。そして、焚き火を突っつき、火を起こそうとした。琥珀色の目をした緑の蛇が、私の顔を伺っているのに気づいて、私は恐怖に凍りついた。蛇は鎌首をもたげ、私同様おどろいているように見えた。息をひそめ、葉がかさかさと音を立てるのを聞きながら、蛇がゆっくりと、ねじくれた根の間に姿を消すのを見守った。
 アンゲリカの顔を見ることはもう二度とないのだと、私にははっきりと分った。泣きたくはなかったが、涙を抑えることができず、私は地面に積もる落ち葉に顔を埋めた。「おばあさん、どこへ行っちゃったの?」夢の中でしたように、私はつぶやいた。濃密な緑色をした樹海に向かって、彼女の名を呼んだ。年老いた木々は答えることをせず、ただ静かに私の悲しみを見守るだけだった。
 濃密さを増していく影の中に、ミラグロスの姿がかろうじて見えた。体を固くして私の前に立った彼は、その顔も体も灰で汚れ、真っ黒だった。一瞬、私の視線を捉えたかと思うと、彼は目を閉じ、体の下、膝が折れ、力尽きたかのように地面にくずれ落ちた。
「埋めてきたの?」私はそう聞くと、彼の片腕を自分の肩に回し、ハンモックまで引きずっていった。**049**なんとか彼の体を持ち上げ、まず腰、次に脚と、ハンモックの中へ入れた。
 彼は目を開けると、遠くの雲まで手よ届け、と言わんばかりにその手を空に伸ばした。「彼女の魂は天に、雷の住み処へと昇っていった」やっとの思いで、彼はそう言った。「炎によって、彼女の魂は骨から解き放たれた」そう付け加えると、彼は深い眠りに落ちていった。
 彼が落ち着きなく夢を見ている様子を見守っていると、私の疲れた目の前に、幻の木々の影が立ち現れた。夜の闇の中、奇怪な形をした幻の木々は、椰子の木よりもよほど現実的で、ずっと高く見えた。私はもう悲しくはなかった。アンゲリカは私の夢の中で消えたのだ。彼女は、現実でもあり幻でもある木々の一部なのだった。もはやこの世にはいない、獣や神話的存在の霊魂とともに、彼女は永遠に森の中を歩き続けるに違いない。
 ミラグロスが地面に置かれたマチェーテと弓矢に手を伸ばしたのは、もう夜明けが近い頃だった。彼は心ここにあらずといった様子で矢筒を背負い、一言も発しないまま茂みの中に踏み入っていった。彼の姿を影の間に見失うことを恐れて、私はあとを追った。

 押し黙ったまま私たちは二時間を歩いた。ミラグロスは森の中の開けた場所のふちで急に足を止めた。「死者の煙は、女と子どもには害になる」彼はそう言って、組まれた丸太の燃えあとを指した。半分ほど崩れており、その灰の中ほどに黒くなった骨が見えていた。
 私は地面に座り込み、木の幹から作っておいたすり鉢を、ミラグロスが小さい焚き火に当てて乾かすのを見ていた。恐怖と魅惑の相半ばする気持ちで、私はミラグロスが灰をふるいにかけ、アンゲリカの骨を選り分ける様子に見入った。彼は細い棒で骨を潰し、濃い灰色の粉にしていった。
「炎が上げる煙に乗って、アンゲリカの魂は雷の住み処まで昇っていった」ミラグロスは言った。**050**彼が私たちのひょうたんを、粉になった骨でいっぱいにしたときには、すでに夜が訪れていた。ひょうたんは、ねばり気のあるにかわで封をされた。
「もう少しでも、死の訪れを待たせることができればよかったのに」私は残念な気持ちで言った。
「そうだったとしても違いはない」すり鉢から顔を上げて、ミラグロスは言った。顔は無表情だったが、黒い目には拭われないままの涙が光っていた。下唇が震えたが、次の瞬間には笑みを半分浮かべていた。「彼女の望んだのは、命のみなもとが再び仲間の一部となることだ」
「同じじゃないわ」ミラグロスが言ったことを、はっきり理解することもせずに私は言った。
「命のみなもとは骨の中にある」私が知らないことを説明するかのように、彼は言った。「森の中、仲間のもとに、彼女の灰は戻るのだ」
「アンゲリカは死んじゃったのよ」私はこだわって言った。「仲間に会いたがってたのは彼女なのに、灰がどうしたって言うの?」老婆の微笑みを見ることも、その笑い声を聞くことも、もう二度とないのだと思ったとき、抑えようのない悲しみで私は一杯になった。「私が一緒に来ることを、あんなにはっきり確信してた理由だって、まだ聞いてなかったのに」
 ミラグロスは泣き始め、火葬の跡から炭のかけらを拾うと、涙に濡れた顔をそれで擦った。「我々のシャーマンの一人が言ったのだ、アンゲリカは村から離れることになるが、死ぬときは仲間のもとに戻り、その魂は部族の一部として留まることになるのだと」私が遮ろうとすると、ミラグロスは鋭い視線で私を見た。「お前と同じ色の髪と目をした少女によって、アンゲリカがそのようにして死ぬことができるようになるのだと、シャーマンは受け合ったのだ」
「でも、彼女の仲間は、白人とは接触がなかったんじゃないの?」私は聞いた。
 ミラグロスは涙を溢れさせたまま、仲間たちが大きな川のそばに住んでいた時代があったのだと説明した。「そうした時代のことを憶えているのは今では少しの年寄りだけだ」**051**彼は静かにそう言った。「もう長い間、我々は森の奥へ奥へと移り続けているのだ」
 旅を続ける理由がもうなくなってしまったと、私は重たい気持ちで考えた。あの老婆がいないのに、彼女の仲間に会って、どうすればいいというのだろう。彼女こそ、私がここにいることの理由だったのに。「私これからどうしよう? 布教所まで連れて戻ってくれるの?」私はそう訊ね、ミラグロスの戸惑いの表情を見てつけ加えた。「彼女の灰を持っていくのは、また別のことでしょ」
「同じことだ」彼はつぶやいた。「そして、彼女にとってはそれが一番大事なことなのだ」そう付け加え、灰で満たされたひょうたんの一つを私の腰に結んだ。
 私は一瞬からだを固くしたが、ミラグロスの目を見ると緊張が溶けた。黒く汚れた彼の顔は、威厳に満ちていると同時に悲しげでもあった。涙に濡れた頬を私の頬に押しつけると、自分の頬をまた炭で塗った。私はこわごわと腰につけられたひょうたんに触れた。ひょうたんは軽く、そこには老、婆の笑いと同じ軽やかさがあった。

[続く]

☆第一回〜第三回はこちらです。
[第一回] | [第二回] | [第三回]

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2017年2月4日土曜日

本気で人生を変えたいですか? それなら、これだけは知っておいてください


もしあなたが、本当に
自分の人生を変えたい
と思っているのなら、一番はじめに知っておくべきことは、
あなたは今も自分の好きな人生を生きている
という、なかなか受け入れがたい事実です。

このたった一つの事実を受け入れることができるかどうかで、
あなたの人生が虹色になるか、灰色になるかが決まってしまう
くらいに大切な話です。

この記事では、
・あなたは自分の好きなように生きているのに、どうしてそのことに気づけないのか、
・それを変えるためにはどうしたらいいのか、
ということを簡単に説明してみます。

  *  *  *

この記事を読んでいるあなたは、
自分の人生を変えたい、
と思っているはずですが、それは
今の人生に満足していないから
ですよね。

自分の好きなように生きてるのに、その人生に満足してない
というのはヘンな話です。

これはどういうことでしょうか。

「自分の好きなようになんか、生きてるわけないじゃん」
とあなたは思うかもしれません。

けれども、ちょっと考えてみてほしいんです。

  *  *  *

たとえば、あなたがコンビニに行ったとします。

あなたはサンドイッチが一つ買いたいだけです。
そして、次の用事があるので、早く電車に乗らなければなりません。

ところがコンビニは混んでいて、レジ前には客の長い列があります。

それだけでもあなたにはうんざりな状況なのに、レジ打ちをしている店員は、新人なのか、もたもたとして、なかなか列が進みません。

あなたのいらいらは高まって、もう我慢できなくなり、サンドイッチをその辺の棚に置くと、あなたは駅へ急ぎました。

こんな経験をしているあなたが、
好きなように生きている
なんて言われたら、「ちょっと勘弁してよ」と思うかもしれません。

けれども、ここで考えてほしいのですが、今のコンビニの場面で、
サンドイッチを買おうとしたのはあなただし、
レジに並んだのもあなた
そして、いらいらしてたのもあなただし、
サンドイッチを置いてコンビニを出たのもあなたですよね。

それに、誰かにそうしてくれ、と言われたからじゃなくて、全部あなたが自分で選んでしたことじゃないですか。

あなたは自分の好きなとおりにやったんです。

そうやって一つひとつ考えていくと、
あなたの人生のすべてのことが、自分で選んでやってきたことだ
ということが分かるはずです。

あなたは「勉強をしなさい」と言われて、勉強をしたかもしれません。

でも、そう言われてやったにしても、やらない選択肢もありましたよね?
そこで勉強をやることにしたのは、あなた自身ですよね?

それなのに、なぜかあなたは、不愉快な気持ちでいっぱいで、自分の人生に満足してないんです。

どうして、こうなってしまうのでしょうか。
どうしたら、これを変えられるのでしょうか。

  *  *  *

好きなように生きているはずなのに、不満でいっぱい、
だから、どうにか人生を変えてみたい、
そんなふうに思うのは当然です。

そのためには、
もつれてしまった自分の人生を、解きほぐしてやる
必要があります。

そして、これに関しては、即効薬はないんです。

地道に一歩いっぽ、歩いていくしかないんです。

多くの人は、
「簡単に人生を変えられる方法」がどこかにあるんじゃないか、
誰かが「人生の秘密」を教えてくれるんじゃないか
と思って、あちこちの本やビデオ、セミナーやセッションと渡り歩いていきます。

でも、そうやって「お手軽な正解」を探している限りは、思うように人生を生きることはできないでしょう。

もつれたあなた人生を解きほぐすのは、あなた自身なんです。

誰かに解きほぐしてもらっても、あなたが今まで通りなら、すぐまた、もつれ始めてしまうんですから。

自分で自分のもつれを解こう、しんどくても一歩いっぽ歩いていこうと思ったら、次の記事も読んでみてください。

「思い込み」から自由になって、楽しい毎日を送るためのヒントになるかもしれませんよ。

[あーす・じぷしーの物語 - 「思い込み」から自由になるって、どーゆーこと?]

[魂の輝きを取り戻すために]

最後にもう一度、書いておきます。

あなたは自分の思うとおりに人生を生きているんです。

だから、あなたはいつでも、自分の人生を思うがままに変えることができます

あなたの人生が、いつも最高の輝きを持っていられるよう、お祈りしています。

Don't worry, be happy!!
くよくよせずに、気楽にいきましょう♬

それでは、またーー。

[2017.02.04 西インドは梵天さんの聖地プシュカルにて。とし兵衛 拝]