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5つのステップで気楽にカルマを落としましょう

1. 自分のできる範囲で、悪いことはやめ、善いことを心がける。 2. 悪いことをしてしまったら、次はそうしないように、よくよく心がける。 3. そうは言っても、また悪いことをしてしまうだろうから、そんな自分のことを許してあげる。 4. けれども、自分を甘やかさない。悪いことをしてもいいんだとは思わない。 5. そうやって少しずつ自分の中の悪い部分を落としていく。 以上が気楽にカルマを落とす5つのステップです。 あれっ、と思った方もいるかもしれませんが、話は簡単ですよね。 それじゃ、もう少し詳しく見てみましょうか。   *  *  * カルマという言葉の意味を 「何か悪いことをして、その結果、今の苦しみがあること」 そんなふうに理解している方が多いかもしれません。 特に「悪いことをして」という部分を、いわゆる前世や過去世において、ととらえてらっしゃる方は、「どうすればカルマを落とすことができるのか」あるいは「どうすればカルマを断ち切れるのか」とお悩みのことでしょう。 ですが、前世と考えても、過去世と考えても、あなたの人生であることには変わりはないのですから、悪いカルマを断ち切り、悪いカルマを落とそうとするとき、何か難しいことが特別あるわけではないのです。 するべきことは簡単です。 日々を善(よ)くいきる。 ただそれだけのことです。 ぼく自身、自分の人生が、妙な具合によじれてしまっているもので、これは誰かにお祓いでもしてもらったほうがいいんじゃないかと考えたこともあります。 もちろん、お祓いにはお祓いの効き目がありますので、あなたがお祓いを必要とするなら、お祓いをしてもらえばいいのです。 けれども、カルマという言葉のもともとの意味に立ち返るならば、 「悪いことはやめ、善(い)いことをする」 これだけで、悪いカルマは断ち切られ、苦しみのカルマは落ちるのです。 カルマというのは、もともとのインドの言葉です。 仏教では業(ごう)と訳され、なかなか重苦しい響きがありますが、もともとは「行ない」というほどの、軽い意味の言葉です。 この「行ない」という言葉が、どうしてそんなに重い意味を持つようになったかというと、「善い行ないは善い結果をもたらし、悪い行ないは悪い結果をもらす」という「因果応報の考え」

イケダハヤトは本当にだめなブロガーなのか

ブログで稼ぐことの難しさは、みなさん、百も承知だと思います。 ホントーに難しいですよね。 そして、ブログで稼ぐ方法が、実にいろいろあることも、みなさん分かっていらっしゃいますよね。 イケダハヤトさんという、東京を脱出して、高知に住んでいるブロガーさんのことは、みなさんご存知でしょう。 ネット上では、どちらかというと嫌われ者の人です。 「例として、利用してもいない転職サービス等を収入重視でリピーターに何度も押し付けるイケダハヤト氏のブログがある」 などと言われていたりもします。 ぼくはイケダハヤト氏のあり方を全面肯定するわけではありませんが、彼の主張にはそれなりの合理性があると思っています。 自分が利用していなくても、自分の記事を見にくる方が見たいと思う広告を提供することは、「押し付け」ではなく、あくまでも「宣伝」として許される行為だと思います。 ホメオパシーのレメディの紹介も同様です。 社会の中で生きざるを得ない人間としては、やっていい正しいことと、やったらダメなこと、間違ってることを意識せざるを得ません。 けれども、イケダ氏のやってることを全部「ダメ」と思ったら、せっかくのチャンスを逃がすことにもつながります。 一方で、イケダ氏にダメ出しをする人にも一理あるわけで、その辺りのところは「よく分かった上で」使い分けをする必要があります。 自分の得意分野で、イケダ氏のオーケーな部分は利用させていただき、ダメな部分は、きちんと否定する。 そんな形で「イケダ氏」という「アイコン」=「ネームバリュー」を利用することこそ、ネットで趣味と実益を兼ねるための秘訣に違いないと、思うのです。 ------------------------------ ☆こちらもどうぞ [ 惜しい! イケダハヤト氏の「三宅洋平不支持」発言 ] [ お見事!イケダハヤト氏の必殺「炎上商法」カウンターパンチ ] [ イケダハヤト氏が「お試しあれ」と言ったホメオパシー半可通講座 ] [ 瞑想のお話: ヴィパッサナー随想 #1 -- ピサヌロークの午後 ] [ 本の紹介:「呪術師カスタネダ」 ] [ 脱会社人: 気分はオフグリッド・あなたは自由に生きたいですか、生きられますか ] [ 最高の幸せ、フロー体験を知ってますか?

精神医療における減薬の問題をめぐって -- 「不適応状況」についての覚書

この記事では、精神医療における減薬の問題を「不適応状況」という視点から論じてみます。 まず、アイデンティファイド・ペイシェントの概念を用いて、「不適応状況」と「不適応症状」いう二つの言葉を提案します。 そして、減薬に関して「不適応状況」という視点からその問題点を考察し、解決へ至る道筋を提案します。   *  *  * 精神的症状を引き起こしている「患者」について、「アイデンティファイド・ペイシェント(特定された患者)」という言葉をわざわざ使うのは、次のような考え方によります。 1. 精神的症状を引き起こしている「患者(ペイシェント)」は、その人自体に問題があるとは必ずしも言えない。 2. 関係性(たとえば家族)の中で問題があるときに、その問題が関係性の中で弱い立場にある人物に「症状」として現れる場合がある。 3. 関係性の問題が原因で「症状」が現れた人物は、ただ「患者」として見るのではなく、「患者」として「特定された(アイデンティファイド)」存在としてみたほうが問題を解決しやすい。 この考え方に沿って考えるとき、「不適応状況」という言葉は、「アイデンティファイド・ペイシェントが発生している状況」を表すものとします。 つまり、関係性の中で問題があり、その関係性の中の誰かが「患者」として振舞っている状況です。 また、「アイデンティファイド・ペイシェント」に生じている症状を「不適応症状」と呼ぶことにします。 なお、このアイデンティファイド・ペイシェントという言葉はもともと家族療法で使われるものです。家族療法について興味がある方には、専門書なのでちょっとお高いですが、こちらがおすすめです。 [ 「家族療法のヒント」東 豊著(金剛出版 2006) ]   *  *  * 精神医療の場面においては、医者が診断をし、診断に応じて薬を処方します。 精神医療の診断にも基準がありますが、基準はあくまで「症状」をもとにしたものであり、生理学的な根拠があるものではありません。 そのため、基準の判定には恣意性があり、適切な投薬がなされているかどうかの客観的な判断は困難です。 そうした状況の中、他の様々な要因も重なって、日本の精神医療は世界的に見ても他種類の薬剤を多量に投与する結果になっています。 不必要な薬剤の投与によって