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2017年4月11日火曜日

05 フロリンダ・ドナー「シャボノ」


フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第五回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙13枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第一回〜第四回はこちらです。
[第一回] | [第二回] | [第三回] | [第四回]


[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします。それでは、お楽しみください]

出会って間もない二人の先住民族とともに、はじめてアマゾンの森に足を踏み入れた若き女性文化人類学者のフロリンダが、ついに森の奥の先住民族たちと出会うことになります。

(今回で第一部終了、ここまでで全体の五分の一ほどです)

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第一部 (承前)

**052**


それからの二日間、私たちは今までよりペースを上げて、休みなく丘を登っては下り、歩き続けた。ミラグロスが押し黙ったまま影の中に消え、また姿を表すのを、私は落ち着かない気持ちで見ていた。彼が先を急ぐ様子を見ると、私の中の不確かな気持ちは強まるばかりで、布教所に連れ帰ってくれと、叫びたくなる瞬間も幾度となくあった。
雲が白から灰色、そして黒へと色を変えるにつれ、午後の時間が森を包み込んでいった。重苦しく抑えつけるように、雲は梢の上を動いていた。耳をつんざく雷鳴が静けさを破った。土砂降りの雨が降り出し、容赦なく荒れ狂って枝や葉を引き千切った。切り取った巨大な葉の下に入るようにと身振りで示しながら、ミラグロスは地面にしゃがみ込んだ。私は彼の横に座ることはせずに、ナップサックを下ろした。粉になったアンゲリカの骨の入ったひょうたんを腰から外し、Tシャツを脱いだ。痛む体を雨が、暖かく、心地よく打った。まず頭を、次に体を、シャンプーで泡だて、灰と死のにおいを体から洗い流した。ミラグロスを振り返ると、黒く汚れた顔に疲れが露わだった。その目に湛えられた悲しみの色はとても深いものだったので、そんなに急いで体を洗ってしまったことを私は後悔した。落ち着かない気持ちのまま私はTシャツを洗い始め、彼の方は見ずに訊ねた。「もう村は近いの?」布教所を出てから軽く百マイルは歩いただろうと私は確信していた。
「明日には着く」つると葉でくるんだあぶり肉の小さな包みを広げながら、ミラグロスは言った。奇妙な笑みで口の端が少し上がり、つり上がった目の周りのしわが深くなった。「つまり俺のペースで行けば、ということだがな」
雨脚は弱まり、雲は散っていった。私は深く息を吸うと、澄んで新鮮な空気で肺を満たした。雨が小降りになってからもしばらくの間、木の葉からはしずくが落ち続けた。しずくは太陽の光を反射し、ガラスの欠片のまばゆさで、きらめき輝いた。
「人が来る音がする」ミラグロスが囁いた。「じっとしていろ」
鳥のさえずりも、風にそよぐ葉の音も、私には何一つ聞こえなかった。私がそう言おうとした瞬間、小枝の折れる音がして、裸の男が私たちの目の前の小道に現れた。
男は私よりさほど背が高いわけではなかった。たぶん五フィート四インチくらいだろう。それなのに私よりずいぶん大きく感じられるのは、筋肉質の胸のせいか、それとも裸であるせいだろうかと、私は考えた。男は長い弓と何本かの矢を持っていた。顔と体には赤い線がくねくねと描かれ、両足の横を通って伸び、かかとの周りに描かれた点々で終わっていた。
男の後ろ、少し離れたところから、二人の若い裸の女が私を見つめていた。驚きに表情は凍りつき、黒い瞳は見開かれたままだった。植物の繊維の束が耳から伸びているように見えた。口の両端と下唇にはマッチほどの棒が挿してある。腰と二の腕、手首と膝の下には、赤い綿の糸の帯が巻かれていた。黒い髪は短く刈られ、頭の天辺が広くきれいに剃られているのは、一緒にいる男と同様だった。
誰もが押し黙ったままだったので、緊張に耐えかねて私は叫んだ。「ショリ・ノジェ、ショリ・ノジェ!」**054**もし森で先住民族に出くわしたら大きな声でそう挨拶しろと、アンゲリカが教えてくれていたのだ。「よき友よ、よき友よ!」という意味である。
「アイア、アイア、ショリ」男は近づきながら、そう答えた。赤い羽根が両耳を飾っている。私の小指ほどの短い篠竹が両方の耳たぶに挿してあり、二枚の羽根はそれを台にして立っていた。彼は大きな身振り手振りをしながら、ミラグロスに話しかけた。薮の中へと向かう小道を手や頭の動きで示し、繰り返し両手を頭の上へ上げては、太陽光線をつかもうとするかのように五本の指を伸ばした。
私は女たちに手招きした。二人はくすくす笑って薮の陰に隠れた。二人が背中に結わえたかごの中にバナナを見つけ、私は大きく口を開けると、両手を使って一本食べたいのだと身振りした。二人のうち年上の方が注意深く近寄ってきて、私の方は見ずにかごをほどき、バナナの房から、一番やわらかく一番黄色い一本をもぎ取った。優雅な動きで口の端の二本の形よく細長い棒を抜き取ると、皮に歯を立て、実に沿って皮を割って剥き、私の顔の前に剥いた実を差し出した。三角形をした変わった形の実で、今まで見たことのある中で一番太いバナナだった。
「おいしい」私はスペイン語でそう言うと、お腹をさすった。味は普通のバナナと特に違わなかったが、口の中に厚い膜が残った。
彼女はもう二本をくれ、更に四本目の皮を剥こうとしたので、もう食べられないことを伝えようと努力した。彼女はにこにこ笑いながらバナナの残りを地面に落とし、私の腹を両手で触った。手の皮は固かったが、長い繊細な指で、優しく、私が本当に存在するかを確かめるかのように、胸、肩、顔と恐る恐る触っていった。彼女は鼻にかかった甲高い調子で話し始め、その声はアンゲリカの声を思い出させた。私のパンティのゴムを引っ張ると、連れに見るように声をかけた。そのときになって急に私は恥ずかしく感じ、後ろに身を引こうとした。二人は大喜びで笑い声を上げながら、私に抱きついてくると、私の体の前も後ろも撫で回した。そして私の手を取ると、自分たちの顔や体を触らせた。二人は私より少し背が低かったが、体はがっちりしていた。豊かな胸、膨らんだ腹、広い尻を見ていると、自分がちっぽけに感じられた。
「彼らはイティコテリの村の者だ」私の方を向くとミラグロスは言った。「男はエテワ、女たちはその二人の妻、リティミとトゥテミだ。村の他の者たちとともに、この近くにある以前使っていた畑で何日かのキャンプをしているところだ」木の幹に立てかけておいた弓と矢に手を延ばすと、つけ加えた。「俺たちも彼らと行動をともにする」
その間に女たちは私の濡れたTシャツを見つけると、すっかりそれに魅せられて、線の描かれた顔や体をそれに擦りつけてしまった。私が何とかTシャツを取り戻し、頭からかぶったときには、すっかり伸びた上、赤いオノトのペーストの跡がつき、汚れて大きすぎる米袋をかぶっているような有り様だった。
私が灰で満たされたひょうたんをナップサックに入れて背負うと、女たちは抑えられずにくすくす笑い出した。エテワがやってきて私の隣に立った。茶色の瞳で私を見つめるとにやりと大きく笑って、その指を私の髪に走らせた。尖って形のよい鼻に、柔らかい曲線の唇をしており、その丸顔は少女を思わせた。
「俺はエテワが少し前に見つけた獏を、彼と一緒に獲ってくる」ミラグロスは言った。「お前は女たちと一緒に行ってくれ」
少しの間、信じられない思いで彼を見る以外のことができなかった。「でも……」ようやくそれだけ言ったが、何と続ければよいか分らなかった。ミラグロスが笑い出したことからして、私の様子は滑稽だったに違いない。彼のつり上がった目は、額と高い頬骨の間にほとんど埋もれてしまっていた。彼は片手を私の肩においた。真面目な顔をしようとしたが、唇にはかすかに微笑みが残ったままだった。
**056**「三人ともアンゲリカと俺の仲間だ」エテワとその二人の妻のほうを向いて彼は言った。「リティミはアンゲリカの大姪だ。アンゲリカと会ったことはないがな」
私は二人に微笑みかけた。ミラグロスの言葉が分ったかのように二人はうなずいた。
ミラグロスとエテワの笑いがつる植物の間を響き渡り、二人が川沿いの小道を、脇に生える竹の茂みへ向かって歩くに従い、その声は静まっていった。リティミが私の手を取り、茂みの中へと歩き出した。

私はリティミとトゥテミの間を歩いた。私たちは一列になって物も言わず、イティコテリの今は使われていない畑を目指した。二人の足がしっかりと地面を捉えて歩けるのは、重い荷物を背負っているからなのか、それとも膝と足先を内股にして歩くせいなのかと私は考えた。梢を通してやってくる、かすかな日射しが作る私たちの影が、長く伸び、そしてまた短くなっていった。疲れてかかとに力が入らなかった。足が思うように動かず、枝や根につまづいた。リティミが私の腰に手を回してくれたが、道が狭くかえって歩きにくかった。彼女は私の背からナップサックを取り、トゥテミのかごに入れてくれた。
私は奇妙な不安に襲われた。自分のナップサックを取り戻して、灰で満たされたひょうたんを取り出し、腰に巻きたいと思った。ある種の絆が断ち切られるような感覚を私は覚えたのだ。その時の気持ちを言葉にするよう頼まれても、そうすることはできなかっただろう。けれども、アンゲリカが私の中に植えつけた魔法の効果のうちのいくらかは、その時を境に消え去ったのだと私は感じた。
私たちが森の中の開けた場所に辿りついたのは、木々の作る地平線の向こうに日がすでに落ちたあとだった。緑の影の中に、ほとんど透明と言ってもよいほど明るい緑色をしたプランテンの葉がはっきりと見えた。かつては大きな畑だったに違いない場所の縁に、**057**三角形をした背の低い小屋がいくつか、その背を森に向け、半円形を描いて並んで建っていた。住まいは屋根があるだけで壁はなく、屋根は幅広いバナナの葉で何層かに葺いてあった。
誰かが合図でもしたかのように、口を開け、目を見開いた女と男の一群が突然現れて私たちを取り囲んだ。私はリティミの腕にすがりついた。森の中を一緒に歩いてきたことで、彼女は私たちを取り巻く見知らぬ人影とは違う存在になっていたのだ。リティミは私の腰に手を回し、私を自分の方に引き寄せた。彼女が発する早口で甲高い声のお陰で、少しの間人々の群れは距離を保っていたが、突然彼らの顔が私の顔から一インチと離れないほどに近づいた。あごからはよだれがしたたり落ち、歯茎と下唇の間に挟んだタバコの葉の塊のせいでどの顔も形が歪んで見えた。人類学者が異文化を考察するときに必要な客観性のことなど、すっかりどこかに行ってしまっていた。その瞬間、先住民族たちは醜く汚らしい人々の群れ以外の何者でもなかった。私は目を閉じたが、骨ばった手がぎこちなく頬に触れるのを感じて、次の瞬間には再び目を開けざるを得なかった。目の前に老人の顔があり、男はにやりと笑いながら叫んだ。「アイア、アイア、アイーーア・ショリ!」
その叫びが響き渡ると、誰もが大喜びで一斉に私に抱きつこうとしたが、それはほとんど私にぶつかってくるのと変わりなかった。私はTシャツを引っ張られ頭から脱がされてしまった。彼らの手、唇、舌が私の顔と全身を這い回り、煙と土のにおいがした。肌には彼らの唾がまとわりつき、すえたタバコのにおいを放った。耐え切れずに私は声を上げて泣き出してしまった。
心配そうな顔をして彼らは身を引いた。言葉は分らなかったが、声の調子で彼らが戸惑っているのがはっきり分った。
夜になってからミラグロスに聞いたところによると、リティミは人々に、森の中で私を見つけたと説明したのだそうだ。彼女は初め、私を精霊だと思い近づかなかったが、バナナを平らげるのを見て人間であることを確信したのだという。何しろあんなにがつがつとものを食べるのは、人間以外ありえないからだ。
私とミラグロスのハンモックの間に、焚き火がたかれた。焚き火は煙を出し、ぱちぱちと音を立ててはぜながら、壁のない小屋にかすかな光を投げかけた。小屋を取り巻く木々は、一かたまりの黒い闇にしか見えなかった。その赤みを帯びた光が煙と一緒になり、私の目は涙でうるんだ。人々は焚き火を囲み、肩と肩が触れ合うほど近くに座った。影のついた人々の顔はどれも同じに見えた。体に描かれた赤と黒の模様は、彼らが体を動かすたびにくねくねとよじれ、それ自身、命を持っているかのようだった。
リティミは足はまっすぐに投げ出して地面に座り、左腕は私のハンモックにもたせかけていた。揺れる明かりの中で彼女の肌は柔らかく濃い黄色に見えた。こめかみに向かって顔に描かれた模様で、アジア風の顔立ちが強調されている。口の両端、下唇、鼻梁に開けられた小さな穴が、棒を外されて、はっきりと見えた。私が見ているのに気づいて、彼女は真っ直ぐこちらを見ると、丸い顔をくしゃくしゃにして微笑みを浮かべた。短く角ばった歯は、丈夫そうで真っ白だった。
人々が静かに話す声を聞いているうちに私はうとうとし始めたが、眠りは途切れ途切れだった。ミラグロスは何を話しているんだろうと思いながら、私は眠らずに、人々の笑い声に耳を傾けていた。

(第一部・了)

☆第一回〜第四回はこちらです。
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