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2017年6月29日木曜日

07 フロリンダ・ドナー「シャボノ」 -- アマゾンの奥地・ヤノマミ族の暮らし


カルロス・カスタネダの呪術師仲間、フロリンダ・ドナーが描くアマゾン奥地のシャーマニズムの世界。「シャボノ」の翻訳、第七回めを公開します。
NHKの番組から劇場公開された「ヤノマミ~奥アマゾン-原初の森に生きる~-劇場版」でも描かれる、嬰児殺しの風習をもつヤノマミ族の物語です。

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フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第七回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙25枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第一回〜第六回はこちらです。
[第一回] | [第二回] | [第三回] | [第四回] | [第五回] | [第六回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします]

若き女性文化人類学者のフロリンダが、アマゾンの森の奥地で、先住民族たちから学んだことはなんだったのか。

どうぞ、お楽しみください。

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第二部
**074**


祭りの日がやってきた。正午からリティミとトゥテミは私に付きっきりで、私を飾り立てようと悪戦苦闘していた。鋭く研がれた一片の竹で、トゥテミは私の髪を慣習に合った形に整え、ナイフ並みの切れ味の草の刃で、私の頭のてっぺんを剃った。足の毛は、植物の樹脂と灰と土から作ったペーストを使ってこすり落とし、きれいに脱毛してもらった。よく噛んで筆状にした小枝を使い、リティミは、私の顔に波打つ線を描き、体中に複雑な幾何学模様を描いた。脱毛のために赤く腫れ上がった両足は、何も描かないままに残された。取らないでくれと私が頼んだループ状のイアリングの上に、彼女は白い羽根の束と一緒に、ピンクの花を一輪結んでくれた。二の腕と手首と足首には赤い綿のひもが結ばれた。
「あ、ちょっと。それはやめてよ」私はそう言って、リティミの手の届かないところまでぱっと逃げた。
「痛くないって」私にそう言ってから、どうしようもないという調子で聞いた。「お婆さんみたいに思われてもいいの? 痛くないからさ」リティミはこだわって私を追い回した。
「放っといてやれよ」ロフトに置いてある木の皮の箱に手を伸ばしながら、エテワが言った。私の方を見ると彼は大笑いをした。大きな白い歯を見せ、目を細めながら、戸惑う私をからかっているようだった。「彼女は恥毛もろくに生えてないじゃないか」
**075** 私はその言葉に助けられ、リティミからもらっていた赤い綿の帯を腰に巻きながら、エテワと一緒に笑った。太く平らな帯の端についた房で、股間が間違いなく隠れるようにして、私はリティミに言った。「これで何も見えないでしょ?」
リティミは全く感心しない様子で肩をすくめ、自分の恥部の余分な毛の始末を続けた。
エテワの褐色の顔と体には、濃い色で円とアラベスク模様が描かれていた。腰の帯の上には、赤い綿の太糸で編まれた丸くて太い飾り帯を締めている。二の腕には猿の毛皮でできた細い帯を巻き、その毛皮には、自分で木の皮の箱から選んだ黒と白の羽根を、リティミにつけてもらっていた。
アラスウェの妻の一人が、朝のうちに用意しておいた、ねばつくやにのペーストを、リティミは手の指につけて、エテワの髪全体に塗りつけた。すかさずトゥテミが、別の箱から手に一杯の白い羽毛を取り、エテワの頭に振りかけた。羽毛でおおわれた頭は、白い毛皮の帽子をかぶっているかと見間違えるほどだった。
「祭りはいつになったら始まるの?」私はそう言いながら、草取りをして、すっかりきれいに掃除してある広場から、男たちの一団が山ほどのプランテンの皮を運び出すのを見ていた。
「プランテンのスープと全ての肉の用意ができたらね」エテワはそう言って、誇らしげにぐるりと歩き、私たちが彼の姿をあらゆる方向から見られるようにした。唇には笑みが浮かび、まだ細めたままの目は楽しげだった。彼は、私の方を見ると、口からタバコの塊を取り出して、割ったひょうたんの上にタバコの塊を置いた。自分のハンモックの向こう側へと唾を吐くと、それは鋭く力強い弧を描いて飛んだ。自分の装いに満足し、悦に入っている者ならではの自信を表しながら、彼はもう一度私たちの方に向き直り、それから小屋を出ていった。
幼いテショマがべたつくタバコの塊を手に取った。それを口に入れて満足気にしゃぶる様子は、私ならチョコレートのかけらにかじりついたときに匹敵するほどのものだった。タバコの塊が半分ほど口からとびだしており、少女の小さな顔は、歪んでグロテスクに見えた。少女はにこにこ笑いながら私のハンモックに登ると、あっという間に寝てしまった。
隣の小屋で首長のアラスウェがハンモックに横になっているのが見える。バナナを調理し、肉をローストするのをそこから監督しているのだ。肉はニ、三日前に狩りに出たものたちが取ってきた獲物である。何人かの男たちが、組立工場の労働者さながらの素早い動作で、数えきれないほどのプランテンの房を調理していた。ある者は鋭い歯を皮に立て、皮に割れ目を作った。別の者は固い皮を剥き、木の皮の鍋にその実を放り込んだ。鍋は朝早いうちにエテワが組み立てたものだ。そして、また別の男が、鍋の下の三つの小さな焚き火の番をしている。
「男しか調理をしないのはどうしてなの?」私はトゥテミに聞いた。女が大きな獲物を調理しないのは知っていたが、プランテンに近づく者すらいないことを不思議に思ったのだ。
「女たちは不注意すぎるからな」アラスウェがこちらの小屋に入ってきて、トゥテミの代わりに答えた。その目は、自分の言葉に反論はないかと、挑むかのように見えた。微笑みながら、彼はつけ加えた。「女どもときたら、すぐに気が散って、木の皮をみんな燃しかねん」
私が何か言う間もなく、彼は自分のハンモックに戻ってしまった。「今のを言うためにわざわざ来たのかな?」
「違うわ」リティミが言った。「あなたを見に来たのよ」
始末していない恥毛のことをリティミに思い出してほしくなかったので、アラスウェの眼鏡に適ったかどうかを聞くのは気が引けた。「見て」私は言った。「お客さんが来たわ」
「あの人がプリワリウェ、アンゲリカの一番上のお兄さんよ」男の集団の中にいる一人の老人を指して、リティミが言った。「恐ろしいまでに偉大なシャポリなの。一度殺されたのに死ななかったんだから」
「一度殺されたのに死ななかった」その言葉をゆっくり繰り返して言いながら、文字通りに受け止めるべきなのか、それとも言葉の綾にすぎないのだろうかと、私は考えた。
「彼は襲撃のときに殺されたんだ」エテワが小屋に入ってきながら言った。「死んで、死んで、死んで、それでも死ななかった」**077**唇の動きを強調しながら、はっきりとそう言った。そうすることで、自分の言葉の本当の意味が私に伝わるとでもいうかのようだった。
「今でも襲撃はあるの?」
私の問いに答えるものは誰もいなかった。エテワは梁の陰に置いてあったきびの長い筒と小さなひょうたんを手に取り、小屋をあとにすると、広場の真ん中でアラスウェの小屋に向かって立っている客に挨拶に行った。
男たちが次々と居住地に入ってくるのを見て、女は祭りに招かれていないのだろうかと不思議に思い、訊ねた。
「女たちは外よ」リティミが答えた。「男たちがエペナを摂っている間、他の客と一緒に外でおめかしをしてるわ」
首長のアラスウェ、その兄弟のイラマモウェ、エテワ、そして他に六人のイティコテリの男たちは皆、たくさんの羽根、毛皮、赤いオノトのペーストで飾り立てており、すでにしゃがんでいる客たちと向かい合う形でしゃがみ込んだ。彼らはしばらくの間、互いに目を合わせることなく話をした。
アラスウェは首から下げていた小さなひょうたんを外すと、茶色がかった緑の粉をきびの筒の片方の端から注ぎ込み、アンゲリカの兄であるプリワリウェ老と向かい合った。きびのその端をシャーマンであるプリワリウェの鼻に当て、アラスウェは力を込めて、幻覚作用のあるその粉を、その鼻の穴へと吹き込んだ。エペナを摂るとき、他の男がたじろぎ、呻き、よろめくのを見たことがあったが、プリワリウェは微動だにしなかった。しかし、彼の目はかすんだようになり、じきに鼻と口から緑色の汚物が流れだした。彼は小枝を使って汚物を払った。ゆっくりと彼は唱いを始めた。とても小さな声だったので、他の者たちの呻きにかき消され、言葉は聞き取れなかった。無表情で動きがない目をして、鼻水とよだれをあごと胸に滴らせたまま、アラスウェは宙に跳び上がった。耳と腕に飾られた金剛インコの赤い羽根が、体の周りをはためいた。彼は繰り返し跳び上がったが、着地するときの軽やかさは、彼ほどがっちりした男には不可能としか思えないものだった。その顔は石の彫像のようで、まっすぐに揃えた前髪が突き出た額にかかっている。**078**鼻腔が開いた大きな鼻と呻りを上げる口元は、日本の寺で見た四天王の一人を思い出させた。
男たちのうちには、ふらふらとその場を離れていき、頭を抱えて嘔吐している者もいた。プリワリウェ老の唱いの声が大きくなった。一人また一人と男たちは再び彼の周りに集まってきたた。男たちはしゃがみ込み、腕で膝を抱え、その目は自分たちだけに見えるどこか不可視の場所をさまよっている。シャポリの唱いが終わるまで、男たちはそのまま静かにしていた。
イティコテリの男たちは、それぞれが一人の客を伴って自分の小屋へと戻った。アラスウェはプリワリウェを招いた。エテワは嘔吐していた若い男の一人と一緒に小屋へ戻ってきた。その客は私たちの方を見ることもなく、自分のものであるかのような自然さでエテワのハンモックに入り込み、体を伸ばした。まだ十六歳にもならないくらいの若者だった。
「イティコテリの男たちの中には、エペナも摂らないし、身を飾りもしてない人がいるけど、どうしてなの?」私はリティミにそっと聞いた。リティミは忙しそうに、エテワの顔をきれいにし、オノトで模様を描き直している。
「明日にはみんな身を飾るわ。明日から何日かはお客さんももっと来るし」彼女は言った。「今日はアンゲリカの親戚のための日だから」
「でも、ミラグロスはいないじゃない」
「ミラグロスなら今朝戻ったわ」
「今朝ですって?」信じられない思いで私は聞いた。エテワのハンモックで寝ている若者が、目を大きく見開いて私を見ると、再び目を閉じた。テショマが目を覚まし、むずかり始めた。私は彼女を落ち着かせようと、地面に落ちてしまったタバコの塊をその口に入れようとした。テショマはいやいやをし、更に大きな声で泣き出した。私は彼女をトゥテミに任せた。トゥテミはテショマが落ち着くまで前に後ろにゆらゆらと揺らしてやった。どうしてミラグロスは戻ってきたことを私に教えてくれなかったんだろう。怒りと傷つけられた思いを感じながら、私はそう思った。目には自己憐憫の涙が溢れた。
「ほら、ミラグロスが来たよ」シャボノの入口を指してトゥテミが言った。
**079** 男と女、それに子どもたちの一団を引き連れて、ミラグロスはアラスウェの小屋へとまっすぐに進んだ。目と口の周りには、赤と黒の線が丸く描かれている。呪文にかけられたように私は彼の頭に巻かれた猿の黒い尻尾に見入った。その尻尾からは色とりどりの金剛インコの羽根が吊るされており、毛皮の腕帯を飾る羽根もそれに合わせてあった。祭りでする普通の帯ではなく、明るい赤い色をした腰布を巻いていた。
ミラグロスがハンモックに近づいてくると、私は説明のつかない不安で一杯になった。彼の硬くこわばった表情を見ると、自分の胸が恐ろしさでどきどきするのを感じた。
「ひょうたんを持ってくるんだ」スペイン語でそう言うと、向きを変え、プランテンのスープで一杯の木の皮の鍋に向かった。
誰もが私には一切関心を示さないまま、ミラグロスについて広場へ歩いていった。私は黙ったまま自分のかごに手を伸ばし、地面に置くと、持ち物をすべて取り出した。
森の中、腰の周りに結んで運んだときにはとても軽かったはずのひょうたんが、冷たくこわばった手に重く感じられた。
「鍋の中に中身を空けるんだ」ミラグロスが言った。今度もスペイン語だった。
「でも、スープで一杯じゃない」私は愚かにも言った。声は震えていた。手も思うように動かない。やにでした栓をひょうたんから外すことができないのではないか思うほどだった。
「空けるんだ」ミラグロスは再びそう言って、優しく私の腕を傾けた。
私はぎこちなくしゃがみ込むと、焼かれて細かい粉になった骨をゆっくりとスープの中に入れた。どろりとした黄色いスープの表面に、黒っぽい小さな山ができていくのを、私は催眠術にかけられたかのように見ていた。そのにおいで私は気分が悪くなった。灰は沈んでいかなかった。ミラグロスが自分のひょうたんの中身を更にその上に空けた。女たちがむせび泣きはじめた。私もそれに加わるべきなのだろうか。けれど、どう頑張っても涙の一滴も出ないだろうことが私にははっきりしていた。
何かが割れる鋭い音に驚き、私は背を伸ばした。マチェーテの柄で、ミラグロスが二つのひょうたんを真っ二つに割っていた。そして彼は骨の粉をスープに混ぜ込み、黄色いスープ全体が濁った灰色になるまでよくかき混ぜた。
スープで満たされたひょうたんを彼が口元に持っていき、ゆっくりと一息に飲み干すのを私は見守った。手の甲であごを拭うと、ひょうたんを再びスープで満たし、私に手渡した。
恐る恐る私は、自分を取り巻く人々の顔を見た。誰もがじっと私の一挙手一投足を見つめており、その目はもはや人間のものとは思えなかった。女たちのむせび泣きは止んでいる。自分の鼓動が、いつもより速く打つ音が聞こえた。口の渇きを何とかしようと何度も唾を飲み込みながら、私は震える手を伸ばした。そして私は目を閉じると、どろりとした液体を一息に飲んだ。意外なことに、甘く、少し塩気のあるそのスープは、私の喉をすっと通っていった。空になったひょうたんを私から受け取りながら、ミラグロスは表情を緩め、かすかな笑みを浮かべた。私は立ち上がると向きを変え、ゆっくりと歩いたが、吐き気で胃がおかしくなっていた。
甲高いお喋りと笑い声が小屋から聞こえてきた。シシウェが友だちに囲まれて地面に座り込み、私が散らかしたままにしていた持ち物を一つ一つ友だちに見せていた。自分のノートが囲炉裏にくべられ、くすぶっているのに気がついたとき、吐き気が怒りに取って代わった。指がやけどをするのもかまわず、私がノートの焼け残りを囲炉裏から取り出そうとすると、子どもたちは驚きながらも私に笑いかけてきた。子どもたちの顔に浮かんだ戸惑いの表情は、私が泣いているのに気がつくと、ゆっくりと驚きの表情になっていった。
**081** 私はシャボノから走り出し、川へ向かう道を行った。胸には焼け残りのノートを抱きしめていた。「布教所に連れ帰ってくれるようにミラグロスに頼もう」私は涙を拭いながら、ひとりごちた。その考えがあまりにばかげたものに思えて、私は思わず笑い出してしまった。頭の天辺を剃っているというのに、どんな顔をしてコリオラーノ神父に会ったらいいというのだろう。
水辺にしゃがみ込み、指を喉に突っ込んで吐こうとしたが無駄だった。疲れ果て、水の上に顔を出している平らな岩の上に仰向けに寝そべって、ノートの焼け残りを調べてみた。涼しい風が髪を撫でた。うつ伏せになると、石のぬくもりが体に伝わってきた。のんびりとした気持ちが全身に広がり、怒りも疲れも全て溶かし去ってくれた。
澄んだ水に自分の顔が映らないかと見てみたが、風が水面を乱して、川は何も映してくれなかった。川岸に沿って並ぶ暗い色をした水溜りには、明るい緑の草木が、雲のようにぼんやりとその像を映していた。
「ノートを川に流してやれ」ミラグロスが、岩の上、私の隣に座って言った。突然彼が現れても私は驚かなかった。彼が来るのを待っていたのだ。
頭を少しだけ動かして静かにうなずくと、岩の上から川面へ手を伸ばした。私は握っていた指を開いた。焦げたノートが水の中へ落ちるかすかな水音がした。ノートが川下に流れていくのを見つめながら、私は背負っていた重荷を下ろしたように感じていた。「布教所には行かなかったのね?」私は言った。「アンゲリカの親戚を連れてくる必要があるって、どうして教えてくれなかったの?」
ミラグロスは答えず、ただ川の向こうを見ていた。
「あたなが子どもたちに、私のノートを焼くように言ったの?」私は聞いた。
顔を私の方に向けたが、黙ったままだった。すぼめた唇はがっかりとした気持ちをうっすらと表しているようだったが、私にはその意味は分らなかった。ようやく口を開くと、声の調子は柔らかかったが、自分の意志に逆らって無理にそうしているようだった。
「イティコテリの者たちは、他の居住地の者たちと同じように、何年もの間、森の奥へ奥へと移り続けている。**082**布教所や白人が使う大きな川から遠ざかってな」
彼は顔の向きを変え、とかげが石をぎこちなく這うのを見た。とかげは目ぶたのない目で私たちをちらりと見たかと思うと、石の陰へ姿を消した。「逆のやり方を選んだ居住地もある」ミラグロスは続けた。「〈理性の者〉たちが持ってくる物を選んだのだ。森だけが自分たちを守ってくれるということが分らなかったのさ。気がついたときにはもう遅い、白人にとって先住民族など犬以下の存在だというのにな」
二つの世界のはざまでずっと生きてきた自分には、白人の世界では先住民族には全く望みはないのが分るのだと、彼は言った。白人の中にも先住民族の中にもそれとは逆のことを信じ、あるいは現にそうしている者が少数ながらいるにしても、そのことに変わりはないのだ。
私は人類学者とその仕事について、慣習や考え方を記録することの重要性について話した。彼が以前言ったように、その慣習や考え方は消え去り、忘れ去られる運命にあるのだ。
あざ笑うような小さな笑みで彼の口元が歪んだ。「人類学者のことなら知っている。一度、情報提供者として働いたこともあるしな」そう言って、彼は笑い出した。笑い声は高かったが、その顔には表情がなかった。目は笑っておらず、敵意に輝いていた。
彼の怒りが直接私に向けられているとしか思えず、私ははっとした。「私が人類学者だって知ってるでしょ」ためらいながら私は言った。「イティコテリの情報をノート一杯に書き込むのを手伝ってくれたのはあなた自身だし、小屋から小屋に連れて行ってくれて、私に話してくれるように、あなたたちの言葉や慣習を教えてくれるように、みんなに言ってくれたんじゃない」
ミラグロスは、感情のかけらも表さずに座っていた。模様の描かれた顔は無表情な仮面のようだった。彼を揺さぶってやりたいと思った。私の言葉など聞こえていないかのようだった。彼は、暮れゆく空を背にすでに黒々と浮かぶ木々を眺めていた。私は彼の顔を見上げた。彼の頭が空を背にくっきりと黒い影となって浮かび上がっていた。燃えるように赤い金剛インコの羽根と猿の毛皮の紫のたてがみが、空に色鮮やかな線を描いているように見えた。
**083** ミラグロスは悲しげに首を振った。「お前はここに仕事をしに来たわけじゃない。仕事なら布教所の近くの居住地でやっていればよかったんだ」目ぶたの際に涙が溜まった。涙は太くて短いまつ毛に移って輝き、震えた。「我々の人生のあり方と考え方という知恵をお前は受け取ったんだ。だからお前は我々の生き方のリズムで動くことができるし、守られていると感じ安心していられる。それは純粋な贈り物であって、何かに使ったり、誰かに与えたりできるようなものじゃない」
涙で潤み、輝く彼の目から、私は視線をそらすことができなかった。彼の目に憤りの感情はなかった。その黒い瞳に、自分の顔が映るのが見えた。アンゲリカとミラグロスの贈り物。ようやく私にも理解ができた。私が森の中を導かれ、連れて来られたのは、人類学者の目で彼らの仲間を見るためではなかったのだ。自分が見聞きしたものを、ふるいにかけ、判断し、分析する、そういうことをするためではなく、アンゲリカならば最後にもう一度したに違いないやり方で、仲間たちと出会うためだったのだ。アンゲリカもまた自分の時代、自分の仲間たちの時代に終わりが近づいていることを知っていたに違いない。
私は視線を水面に落とした。自分が時計を落としたことに気づいていなかったが、散らばる小石の間に時計は横たわり、水の中、小さな光るいくつもの点の不安定な像が、集まって現れたり、ばらばらになって消えたりしていた。時計バンドの金具が切れたのだろうと思ったが、森の向こうの世界との最後のつながりであるその時計を取り戻そうとはしなかった。
ミラグロスの声で私の夢想はさえぎられた。「ずいぶん昔のことだ。大きな川に近い居住地にいるとき、人類学者のために働いたことがある。その男はシャボノで我々と一緒に暮らすことはせず、丸太の柵の外に自分用の小屋を立てて住んだ。小屋には壁も扉もあり、扉には中からも外からも鍵がかけられるようになっていた」ミラグロスはそこで一呼吸置き、しわの寄った目の周りの乾いてしまった涙を拭い、私に訊ねた。「俺がその男に何をしたか、知りたいか?」
「ええ」ためらいながら私は言った。
**084**「俺はそいつにエペナをやった」ミラグロスは少し間を置き、私がとまどうのを楽しむかのように微笑んだ。「その人類学者は、聖なる粉を吸った誰もと同じように振舞った。シャーマンと同じビジョンを見たと言ってたな」
「何もおかしなことはないじゃない」ミラグロスの自慢気な調子に、少し苛立って私は言った。
「いや、ある」彼はそう言って笑った。「わしがそいつの鼻の穴に吹き込んでやったのは、ただの灰だったんだからな。灰など鼻から吸い込んでも、鼻血を出すのが関の山だ」
「私にも同じことをするつもりなの?」私はそう訊ねてから、自分の声に自己憐憫の気持ちがはっきり表れていることに気づいて赤くなった。
「アンゲリカの魂の一部をお前にやった」優しくそう言いながら、彼は足元の危うい私に手を貸してくれた。
シャボノの境界から向こうは暗闇に溶け込んでしまったかのようだった。おぼろな光の中、周りはよく見えた。木の皮の鍋の周りに集まっている人々は、森の生きものを思わせた。彼らの輝く目に、焚き火の灯りが映っていた。
私はハヤマの隣に座り、肉をひとかけらもらった。リティミが頭を私の腕にこすりつけてきた。幼いテショマは私の膝に座った。慣れ親しんだ匂いと音に守られ、私は満ち足りた気持ちになった。周りにいる人たちの顔を熱心に見つめ、この中の何人が、アンゲリカと血のつながりがあるのだろうと思った。彼女の顔と似た顔は一つもなかった。前にはよく似ていると思ったミラグロスの顔でさえ、今は違って見えた。彼女の顔がどんなだったのか、多分もう忘れてしまったのだろうと、私は悲しく考えた。すると焚き火から伸びる一条の光の中に、彼女の笑顔が浮かび上がった。私は頭を振って、その幻を消そうとし、そして自分が見ているのはシャーマンのプリワリウェ老であることに気がついた。彼は人々の集団から少し離れたところにしゃがんでいた。
彼は小柄で痩せており、しなびたような老人で、肌の色は茶色がかった黄色だった。腕と足の筋肉はもう萎えていた。**085**しかし、その髪はまだ黒く、頭の周りで少し縮れていた。彼は着飾っておらず、身に着けているのは腰の周りに巻いた弓の弦だけだった。あごから垂れるまばらな髭と少しばかりの口ひげが上唇の際に影を作っている。深くしわの寄った目ぶたの下で、彼の目は焚き火の灯りを反射して、二つの小さなライトのように見えた。
あくびをして、洞穴のような口を開けると、黄色くなった歯が鍾乳石のようにぶら下がっているのが見えた。彼が唱いを始めると、笑い声とお喋りが止んだ。その唱いの声は、別の時間、別の場所に属するものとしか思えないものだった。彼は二種類の声を使い分けた。一つは喉から出す甲高い声で、恐ろしさを感じさせた。もう一つは腹から出す深い声で、気持ちを落ち着かせるものだった。
他の者たちがそれぞれのハンモックに引き上げ、あちこちの焚き火が燃え尽きてしまった随分あとになっても、プリワリウェは広場の真ん中の小さな焚き火の前にしゃがんだままでいた。低い調子で唱いを続けている。
私はハンモックから抜け出すと、彼の隣にしゃがみ込み、尻が地面に着く姿勢を取ろうと試みた。イティコテリの人々によれば、何時間もの間しゃがんだままで、すっかりくつろいでいるためには、その姿勢が一番ということだった。プリワリウェは私の方を見、私の視線を認めると、宙を見やった。私が彼の考えの連なりを邪魔したとでも言うかのようだった。ぴくりとも動かなかったので、彼は眠りに落ちたのだという、奇妙な印象を持った。すると彼は足から力を抜くことなく尻を地面の上でずらし、再び徐々に唱いを始めた。その声はかすかなつぶやき程度のもので、私には一言も聞き取れなかった。
雨が降り始めたので私はハンモックに戻った。雨粒が優しく椰子葺きの屋根を打ち、不思議な夢遊状態に誘うリズムを刻んだ。もう一度広場の真ん中を見たときには、老人はもうそこにいなかった。そして暁が森を照らし始める頃、私は時間のない眠りの中に滑りこんでいったのだった。

☆続きはこちらです。
[第8回]

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☆第一回〜第六回はこちらです。
[第一回] | [第二回] | [第三回] | [第四回] | [第五回] | [第六回]

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2017年6月25日日曜日

スティーブ・ジョブズ、LSD、瞑想、そして悟り


スティーブ・ジョブズは、アップル社を作り、業績の悪化から一旦はその自分の会社を追い出されたにも関わらず、再び CEO に返り咲きました。

そして、iphoneやipadをこの世に送り出して、アップルを世界のトップ企業にするという離れ業をやってのけました。

そのジョブズが、LSDについてこのように語っています。

LSDはぼくに本当に深い体験をもたらした。ぼくの人生の中で、一、二を争う重要なできことだ。
LSDは、ものごとには表でも裏でもない、まったく別の見方があることを教えてくれる。効き目が切れると、そのことは思い出せなくなってしまうのだけれど、それが確かにあることは、もう分かっているんだ。
自分にとって何が大切なことなのかを、LSDは再確認させてくれた。金儲けのためじゃなく、本当にすごいものを作り出すこと、そして、ものごとを、歴史の流れや、人類の意識の流れに引き戻しやること。そうしたことを自分の限界までやることの大切さが、LSDのおかげで確かなものになったんだ。

[goodread.comより]

*  *  *

LSDとは一体なんでしょうか?

LSDは、リゼルグ酸ジエチルアミドと呼ばれる化学物質で、人間の精神に対して極めて強力な影響を及ぼすため、日本を含め、多くの国では法律で規制されています。

0.15ミリグラム程度の少量でも、知覚や感覚へ大きな変化をもたらし、幻視の体験が起こったりします。

また、思考が混乱したり、逆に普段の状態では得られない明晰な思考が訪れる場合もあります。

DNAの二重螺旋構造を発見したフランシス・クリックは、そのアイディアを思いついたときに、LSDを使っていたのではないか、という説もあるほどです。
[Andy Roberts "Francis Crick, DNA & LSD" によれば、「都市伝説にすぎない」ということですが]

こうした効果を考えるとき、LSDを「意識の拡張」をもたらす物質と呼ぶこともできるのですが、一方、心理的な準備が十分できていない状態で、服用量が多すぎた場合には、「致命的な結果」につながる場合もありえますので、ただの好奇心から「遊び」で手を出すような物質ではありません。

LSDの服用量とその効果については、英語ですがこちらに詳しい説明があります。

[このリンクはreddit.com のものですが、元ネタはrollitup.orgにあります]

なお、ぼく自身はLSDの経験はありません。

*  *  *

さて、ジョブズはLSDで得た体験を、彼のビジネスにおける壮大なビジョンを実現するために使ったわけですが、それを「悟り」を得るために使おうとする人もいます。

英語の記事ですが、「LSDと悟り」について、とてもおもしろい書き込みを見つけました。

[LSD and the Enlightened State of Mind]

この内容を要約しますと、(書き手は MetaCognition さんなので、メタコさんとします)

・メタコさんは、人生を通して「存在の真実」を求めてきました。

・はじめのうちは自分の思考や、自分の周りの行動について内省的分析していました。

・数年前からマリファナやLSDなどを使って変性意識についての実験をするようになりました。

・けれども、そうした薬物を常用しているわけではなく、たまにマリファナを吸い、稀にLSDを使う程度で、この書き込みをしている時点で、最後にLSDを使ったのは一年近く前のことだといいます。

・そして、メタコさんは数週間前から、一日二回、一回一時間の瞑想を始めたというのです。

・すると瞑想によって、LSDを使っているときとほぼ同じ意識の状態が得られることに気がつきました。

・メタコさんはもともと無神論者でスピリチュアルな考えなどばかにしていましたが、LSDを使うことで、すべての存在がつながり合っていること、毎日の平凡な経験のうちに潜む美しさなどを体験して、いわゆる「悟り」という、神秘的な状態があることを知ります。

・もちろん、その体験は薬の効果が切れればぼやけていってしまうのですが、それが瞑想をすることで再現することができることが分かり、日々瞑想をしているうちに、ごく簡単にその状態に入ることができるようになったというのです。

なお、アップルのジョブズも、LSDの経験があるだけでなく、座禅による瞑想を実践していたことも、ここにひとこと書いておきましょう。

*  *  *

この話を読んで早合点をしてほしくないのですが、これはあくまでメタコさんという個人の体験であって、

「LSDを使ってから瞑想をすれば誰でもこうなれる」

というわけではありません。

メタコさんは、長い内的な探索のあとで、LSDなどの薬物を試し、それも使いすぎて依存するようなことはなく、適度な距離をもって実験をした上で、瞑想に辿り着いたために、すべてのことがうまく咬み合って、極めて稀なほど簡単に、深い瞑想体験を得ることができたものと考えられます。

ネット上を見ていると、薬物の摂取は瞑想に役立たないから、決して手を出してはいけない、というような主張を見かけます。

けれども、このメタコさんのような例を考えれば、あらかじめ薬物で「悟り」あるいは「悟りに似た状態」を体験しておけば、瞑想をしたときにそれを再現しやすくなることは、十分に考えられると思うのです。

もちろん、薬物には法律による規制もありますし、服用量を間違えれば事故にもつながりかねませんので、安易な使用は決してすすめられるものではありません。

けれども、「悟り」を真摯に探求する方が、瞑想だけではある段階を超えられないときに、十分に下調べをしたうえで、自己責任において使う場合には、一つの選択肢としてこれも検討に値すると思うのです。

*  *  *

ここで、ちょっとぼくの経験を書いてみましょう。

LSDに似た効果を持ち、けれどもLSDほど強力な作用は持たないシロシビンという物質があります。

マジックマッシュルームと呼ばれるきのこに含まれる成分で、このきのこを乾燥したものは、2002年に規制されるまでは、日本でも普通に手に入れることが可能でした。

シロシビンは、LSDより作用は少ないのですが、似たような幻覚性があり、

・音の聞こえ方が変わったり(ぼくの場合、音楽がすごくよく聴こえ、ふだん聴こえていない音までくっきり聴こえてきたりしました)、

・ありえないものが見えたり(空の雲が怒ったマシュマロマンのような怖い顔に見えました)、

・不思議な考えがふっと訪れたり(ジャマイカ辺りのレゲエの人たちが、音楽をやりながらマリファナを吸っているイメージがぼんやり浮かんで、あー、彼らもこのきのこから得られるものと同じものを求めて、マリファナをやってるんだなー、と思いました)、

といったことが起こりえます。
(もちろん、人によって体験の内容はそれぞれです)

ぼくは今、ゴエンカさん方式のヴィパッサナー瞑想をしていますが、振り返って考えてみると、その当時のきのこの経験が今の瞑想につながっていることを感じます。

つまり、きのこのときの経験と、瞑想が深まったときの経験には、確かに似たものがあるってことなんです。

とはいえ、ぼくの場合はメタコさんの場合とは違い、瞑想だけで得られる体験は、

「似たものがある」

という程度であって、

「ほぼ同じ」

とまで言えるようなものではありません。

ぼくの場合は、もう一段階の修行か揺さぶりが必要なものと思われます。

*  *  *

というわけで、以上、LSDやシロシビンなどの化学物質が、瞑想の体験に役に立ちうる、という話でした。

ただし、以上の物質は日本では法律で規制されており、また、精神の崩壊や致命的な事故につながる恐れもあるものですので、くれぐれも安易な気持ちでお使いにならないようにお願い申し上げます。

[2017.06.25 ゴエンカさん方式のヴィパッサナー瞑想の総本山、インド・イガットプリにて。那賀乃とし兵衛]

[追記] なお、シロシビンや変性意識については、こちらの記事でも書いておりますので、よろしければお読みください。

[不思議なきのこを科学する - そして瞑想と悟りへ]

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☆こちらもどうぞ

[本の紹介:「呪術師カスタネダ」]

[本の紹介: 不思議な双子の物語、Naho & Maho「あーす・じぷしー」]

[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」、アマゾンの奥地のヤノマミ族の暮らし]

[楽しいカルマの落とし方 - オウム真理教について一言]

[最高の幸せ、フロー体験を知ってますか?]

[気分はオフグリッド・あなたは自由に生きたいですか、生きられますか]

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2017年6月15日木曜日

共謀罪法成立の日に、100年後の世界を見据えて


今日、2017年6月15日、共謀罪法が成立しました。

市民活動家の田中優さんが、今日付けのメイルマガジン
[第596号:共謀罪成立]
で共謀罪法の成立について、

「共謀罪法を死文化させてしまうこと」と、

「共謀罪法が実際に適用されたときには、違憲立法であることを主張すること」そして、

「この法律ができたからといって萎縮してしまうことなく、今までどおり、
しっかり意見を表明していくこと」

の重要性を述べています。

優さんの指摘は正論ですが、現実の日本の政治情勢を見ると、楽観は許されません。

日本政府が共謀罪法を使って、ただちに反対勢力の弾圧を始めるとは思えまないものの、政府の意向に沿わない個人や団体に対しての圧力は、今以上に強くなっていくことでしょう。

こうした逆境の中で、ぼくたちにできることは何なのでしょうか。

[安倍マリオをぶっ飛ばせ、あるいはぼくらの未来への責任 ]
にも書きましたが、無茶苦茶を平気で通す「総理」や「政府」に怒りが湧くのは自然です。けれども、「怒っているだけ」では状況は変わりません。

たとえば、原発推進への対案として、太陽光とバッテリーによる「オフグリッド」を提案していくような、具体的な取り組みが大切だと思われます。

また、[改憲に王手。ニッポンはホントーに大丈夫なのか?]
に書いたように、日本の「重苦しい空気」に閉じ込められることのないように、視野を大きく広げることも大切でしょう。

現在の世界情勢を見れば、欧米的な合理主義や民主主義も必ずしも万能ではないと思われます。

そのときむしろ、先住民族の知恵や、宗教の叡智に学ぶことも多いはずです。

原子力を不可欠とするような間違った科学技術主義にだまされないためには、単なる論理では不十分に思えます。

文化的相対主義を踏まえた上で、「真・善・美」といった基本的な価値へと思いを巡らすことも必要なのではないでしょうか。

いずれにせよ、この「逆境」が簡単に流れを変えることはないでしょう。

72年前に敗戦という形で終わりを迎えた戦争は、日中戦争から数えても15年間という長い期間の「逆境時代」でした。

ですから、ぼくたちは、10年、20年の単位でものごとを考える必要がありますし、それには、50年後、100年後を見据えることも必要でしょう。

そうやって自分たちの子孫のことまで視野に入れることができたとき、ぼくたちの日々の地道な活動に、新たな価値が生まれることになるのだと思います。

ニッポンの「淀んだ空気」に当てられてしまわず、一日いちにちを大切に生きていこうではありませんか。

以上が、民主主義国家としての戦後日本の転換点になるかもしれない、共謀罪法成立の日に、インドのムンバイの安宿から、日本のみなさんに向けたメッセージです。

最後までご拝読ありがとうございました。

☆こちらもどうぞ

[アウシュビッツ、新潟知事選、安倍政権]

[三宅洋平は権力にすり寄る節操なしではない]

[なぜ今井絵理子は当選したのに三宅洋平は落ちたのか]

[「大物」か「あほう」か、三宅洋平、安倍昭恵と高江に同行]

2017年6月2日金曜日

人の世の闇の深さの現れか / 元TBSテレビ・ワシントン支局長・山口敬之氏のレイプ疑惑について一言


はてなのブックマークで
[【レイプ告白】「あの夜、なにがあったのか」詩織さんと山口氏 それぞれに聞いた]
という記事についての kk3marketerさんのコメント「闇深い」を見て、何がどう「闇深い」のか気になりました。

当該の記事を見る限り、法的な処分の妥当性はともかくとしても、元TBSテレビ・ワシントン支局長・山口敬之の、就職をネタに若い女性と会い、ことに及ぶという行動は、倫理的に完全に「アウト」なものと思われ、そういう人物が「立派」なジャーナリストとして活躍している世の中というもの自体が十分「闇深い」ものと思われます。

また、山口氏の不起訴処分に何らかの「力」が働いたと考えるのも至極当然であり、それがどういう筋からのものであれ、被害にあった女性の立場を考えれば、ニッポンという国の法治国家としての機能はポンコツ同然としか言いようがなく、これはむしろ「病み深い」というべきでしょうか。

ところが、この事件に関してネットを検索してみると、この女性が今のタイミングで記者会見を開いたことには、「女性の人権」という表向きの問題とは別に、政治的な「生臭い」意図を感じざるを得ない事実に突き当たります。

この女性の代理人弁護士の所属事務所からして、バックには民進党の力が働いているとの事実です。

「女性の人権」を守るためには、当然山口氏は起訴されるべきであり、山口氏の行為の是非は法廷で争われるべきものと考えますが、こうした「法的な争い」が「政争の具」として使われているとすれば、なんとも「闇深い」世の中ではありませんか。

ぼくは安倍政権の政策には基本的に反対ですが、こんな程度の揺さぶりで盤石の安倍政権の基盤が揺らぐものとは思われませんし、こういうやり方は「まっとう」なものとは言えないでしょう。

政治というものが「清い」だけのものでないことは、いたしかたのないことかもしれませんが、現状の政治が、利権を争う集団同士のこのような「縄張り争い」にすぎないことを考えると、その行く先はいったいどうなることかと、深い危惧を感じざるをえません。

ぼくたち国民の一人ひとりが、五十年先、百年先の未来を見据えて、考え、行動することの必要を感じる所以です。

2017年6月1日木曜日

06 フロリンダ・ドナー「シャボノ」 -- アマゾンの奥地・ヤノマミ族の暮らし


カルロス・カスタネダの呪術師仲間、フロリンダ・ドナーが描くアマゾン奥地のシャーマニズムの世界。「シャボノ」の翻訳、第六回めを公開します。
NHKの番組から劇場公開された「ヤノマミ~奥アマゾン-原初の森に生きる~-劇場版」でも描かれる、嬰児殺しの風習をもつヤノマミ族の物語です。

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06 フロリンダ・ドナー「シャボノ」
フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第六回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙28枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第一回〜第五回はこちらです。
[第一回] | [第二回] | [第三回] | [第四回] | [第五回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします。それでは、お楽しみください]

今回より第二部に入り、若き女性文化人類学者のフロリンダが、いよいよ森の奥の先住民族たちと暮らし始めます。

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第二部


**062**
「それで、いつ戻ってくるつもりなの?」六ヶ月後、布教所のコリオラーノ神父宛ての手紙を渡しながら、私はミラグロスに訊ねた。その手紙には、少なくともあと二ヶ月はイティコテリの人々のところにいるつもりだと、簡単に書いた。また、カラカスにいる友だちに連絡してくれるように頼み、そしてこれが一番大事なことだったが、手に入るだけのノートと鉛筆をミラグロスに持たせてくれるようお願いした。「ねえ、いつ戻るの?」私はもう一度聞いた。
「二週間かそこらだ」ミラグロスは何気なくそう言って、竹製の矢筒に手紙を入れた。そして、私の顔に不安の色を見て取ったのだろう、言葉を付け加えた。「実のところ、いつとは言えん。だが、戻るのは間違いない」
川へと続く坂道を彼が下っていくのを私は見守った。背中の矢筒の位置を直し、それからちらりとこちらを振り返ると、彼は少しのあいだ動きを止めた。何か言いたげな様子だったが何も言わず、手を振って彼は別れを告げた。
私はゆっくりとシャボノへ戻る道を歩き始め、途中、男たちが畑の脇で木を切り倒しているところに出くわした。私は地面に積もった落ち葉の下に埋もれている木の皮や木っ端で足に怪我をしないよう注意ながら、開けた地面に転がされた丸太を避けて歩いた。
**062**「プランテンが熟す頃には戻ってくるさ」エテワが大きな声でそう言うと、ミラグロスがさっきしたのと同じように手を振った。「収穫の祭りを彼が逃すわけがない」
微笑みながら手を振り返し、祭りはいつなのかと聞こうかと思ったが、その必要はなかった。プランテンが熟したときだと、彼はすでに答えを言っていたのだから。
シャボノの大きな入り口の前には、夜になると木の枝や丸太をばら撒いてて侵入者を防ぐようにしてあるのだが、もうそれは片付けられていた。まだ早い時間だったが、円形に開かれた広場に面した小屋には、ほとんど誰もいなかった。女も男も近くの畑に働きに行ったか、野生の果物やハチミツ、そして焚き木を集めに森に行くかしていた。
小さな弓矢を手にした子どもたちの一団が、私の周りに集まってきた。「ぼくが仕留めたトカゲだよ」尻尾を持ってぶら下げた獲物を見せながら、シシウェが言った。
「こいつにできるのはそれだけ、トカゲを仕留めるのが精一杯なのさ」少年の一人がからかって言いながら、片足のかかとをもう一方の足の爪先で掻いた。「おまけに大抵しくじるんだから」
「しくじるもんか」怒りに顔を赤くしながらシシウェは大きな声を上げた。
私は彼の頭のてっぺんの短い毛を撫でた。日の光の中でその髪は、黒でというよりは、赤みがかった茶色に見えた。彼がいつの日か村で一番の狩りの名手になるに違いないと、知っている少ない言葉の中から適切な言葉を探して、私は彼に伝えようと努力した。
シシウェは、リティミとエテワの息子で、もうじき七歳になるところだったが、ペニスひもはまだしていなかった。リティミは男の子はペニスを下腹に結び上げたほうがよく育つと信じており、何度もそうさせようとした。けれどシシウェは痛いからと言って嫌がった。エテワはこだわらなかった。息子は健康で丈夫に育っている。男にとって、腰紐をつけずに人前に出るのはよくないことだと、シシウェもじきに思うようになるだろうと、彼は考えたのだ。**063**ほかのほとんどの子と同じく、疫病除けとしてシシウェも首の周りによい香りのする木の根のかけらを結んでいたし、体の模様が薄れてくれば、再びオノトで模様を描き直していた。
シシウェは怒っていたことなど忘れて、にこにこ笑いながら私の手をつかむと、すっとなめらかな動作で木登りでもするように、私の体にするすると登った。足を私の腰に巻きつけ、体を後ろに反らすと両手を空に向けて伸ばし、叫んだ。「見てよ、なんて青いんだろう。きみの目の色と一緒だ」
広場の真ん中から見上げる空は雄大で、その美しさが、木やつるや葉っぱに遮られることはなかった。村を囲む丸太の柵の向こう、シャボノの外側には、草木が濃密に生い茂り、そびえているのが見えた。木々は少しのあいだ検査で待たされているので静かにしているとでも言うかのように、時がくれば動き出すのではないかと思うほど生き生きとしていた。
子どもたちが私の腕に組みついてきて、シシウェごと私は地面に倒されてしまった。私には初め、誰がどの子どもの親なのか、さっぱり分らなかった。子どもたちはあちらの小屋からこちらの小屋へと自由に行き来し、どこでも好きなところで食べたり寝たりしていたからだ。赤ん坊は始終母親の体にくくりつけられていたので、誰の子なのかすぐ分った。昼夜を問わず、母親が何をしているかにも関係なく、赤ん坊はまったく煩わされることなく時を過ごしているように見えた。
ミラグロスがいない間どうしたものかと私は考えた。毎日数時間に渡って、仲間の言葉や習慣、考え方について彼は教えてくれ、私は熱心にそれをノートを取った。
イティコテリの人々について、誰がなんという名前なのかを知るのは実に厄介なことだった。誰かが侮辱されたときを除けば、彼らが互いに名前で呼び合うことはなかった。リティミとエテワは、シシウェとテショマの両親として呼ばれた(子どもは名前で呼ぶことが許されたが、それも思春期が訪れるまでのことである)。**064**更にややこしいことには、男でも女でも一つの家系に属するならば、互いに兄弟、姉妹と呼び合い、別の家系に属する場合は、義兄弟、義姉妹と呼ぶのだった。また、結婚が許される家系の女を妻にした男は、妻の家系の全ての女を〈妻〉と呼ぶのだが、これは性的な関係があることを意味するわけではない。
ミラグロスがしばしば言っていたことだが、慣れる必要があるのは私ばかりではなかった。イティコテリの人々も、私の奇妙な行動に大変面食らっていたのだ。彼らにとって、私は女でも男でもなく、子どもというわけでもない。私のことをどう考えればいいのか、どういう存在として扱えばいいのか、彼らにもさっぱり分らなかったのだ。
ハヤマのお婆が小屋から現れ、子どもたちに私をそっとしておくよう、甲高い声で言った。「まだお腹を空かせてるんだよ」彼女はそう言うと、私の腰に手を回し、自分の小屋の炉端へと私を招いた。
他の村との交易で得たアルミとホウロウの鍋、亀の甲羅、ひょうたん、そしていくつものかごが地面に散らばっている中、そうした品々を踏みつけたり、ぶつかったりしないよう気をつけながら、ハヤマの向かいに私は座った。ほかのイティコテリの女たちと同じように私は足を真っ直ぐ伸ばし、ハヤマのペットのオウムの頭を掻きながら、食事ができるのを待った。
「お食べ」焼いたプランテンを割ったひょうたんに載せて手渡しながら、彼女は言った。私が唇を何度も鳴らしながら、口を開けて噛む様子を、老婆は熱心に見守った。柔らかく甘いプランテンを私が十分に味わっていることに満足して、彼女は微笑んだ。
ハヤマのことはミラグロスに、アンゲリカの姉妹として紹介してもらった。彼女を見るたびに森の中で永遠の別れを告げた弱々しい老婆の面影を私は探した。ハヤマは五フィート四インチほどの身長でイティコテリの女としては背が高かった。体つきも違ったが、ハヤマには姉妹のアンゲリカが持つ心の軽やかさがなかった。ハヤマの声も物腰も厳しいので、私は落ち着かない気持ちになることも度々だった。そして重く垂れ下がった目ぶたのため、彼女の顔は奇妙に不吉なものに見えるのだった。
**065**「ミラグロスが戻るまで、お前はここにいたらいい」焼いたプランテンをもう一本くれながら、老婆は言った。
熱い果物を頬張っていたので、私はその言葉に答えないで済んだ。ミラグロスは、村の他の人々に紹介するのと同様、イティコテリの首長であり、自分の義兄弟でもあるアラスウェにも、私を紹介してくれた。しかしながら、エテワとその二人の子どもと一緒に住んでいる小屋に私のハンモックを吊るすことによって、私の面倒を誰が見るかをはっきりさせたのは、リティミだった。「白い娘はここで寝るのよ」彼女はミラグロスにそう言って、シシウェと幼いテショマのハンモックは隣のトゥテミの小屋の炉端に吊るすのだと説明した。
リティミの考えにわざわざ何か言う者はなかった。リティミが自分たちの小屋とトゥテミの小屋を行ったり来たりし、焚き火を囲んで習慣通りの三角形にハンモックを吊るし直すのを、エテワは優しいけれどからかうような笑みを浮かべながら黙って見守った。小屋の裏側の屋根を支える柱の間に作られた小さなロフトには、木の皮の箱、一揃いのかご、一丁の斧、そしてオノトや種、根を入れたひょうたんが置いてあったが、私のナップサックもそこに並べて置かれた。
リティミは、首長であるアラスウェと第一夫人の間に生まれた長女だった。彼女の母親はハヤマのお婆の娘だったがすでに亡くなっていた。リティミの自信は、自分が首長の娘であることや、エテワの第一夫人であり、お気に入りの妻であるという事実からくるだけではなく、短気ではあるものの、シャボノの皆から尊重され、好かれているということを知っていることによっても裏打ちされていた。
「もう十分」ハヤマが囲炉裏からもう一本プランテンを取ろうとするので、私は断った。「お腹いっぱいよ」彼女にお腹の膨れ具合が見えるように、私はTシャツをまくってお腹を突き出した。
「骨の周りにもっと脂肪をつけんと」そう言いながらお婆は、バナナを潰して指でこねた。「お前のおっぱいの小さいことと言ったら、子ども並みだからねえ」くすくす笑いながら、彼女は私のTシャツを更に巻き上げた。「これじゃあ、お前を欲しがる男はおらんな、骨で怪我でもせんかと恐れをなすわい」
**066** 怖がっている真似をして両目を見開き、私は潰したバナナをがつがつ食べる振りをした。「あなたの作ってくれる食事を食べていれば、よく太ってきれいになるのは間違いないわね」バナナを頬張ったまま、私は言った。
川で水浴びをしたあとの、まだ濡れたままの姿で、棘の生えたさやで髪をとかしながら、リティミが小屋に入ってきた。隣に座り、私の首に両腕を巻きつけると、私の顔中に音を響かせながらキスをくれた。私は笑いをこらえることができなかった。イティコテリの人々のキスはくすぐったいのだ。変わったキスの仕方で、頬や首に唇を当てると、音を立てて空気を吐き出しながら唇を振動させる。
「白い娘のハンモックをここに移そうとしてるんじゃないでしょうね」祖母を見ながらリティミは言った。口調は断固としたものだったが、黒い目には柔らかく問いかけるような表情が浮かんでいた。
  言い争いの原因にはなりたくなかったので、自分のハンモックをどこに吊ろうが大した違いはないのだと、私ははっきり言った。小屋には壁などないのだから、実質的に私たちは一つの住居で暮らしているのと変わりない。ハヤマの小屋はトゥテミの小屋の左にあり、私たちの小屋の右には首長アラスウェの小屋があった。アラスウェは、一番年上の妻とまだ小さい子ども三人と一緒にそこに住んでいた。彼のもう二人の妻とそれぞれの妻との間の子どもたちは、更に並びの小屋に住んでいた。
リティミはじっと私の顔に見入り、その目には懇願する様子が見えた。「ミラグロスはあなたの世話を私に任せていったのよ」彼女はそう言って、頭皮は引っ掻かないように優しく、棘の生えたさやで私の髪をとかした。
永遠とも思われる沈黙ののちに、ようやくハヤマが口を開いた。「ハンモックは今あるところに吊るしておけばいい。だが、食事はここでわしと一緒にするんだよ」
いい考えだと私は思った。エテワはすでに四人の食い扶持を確保する必要があった。一方ハヤマは、一番若い息子によく面倒を見てもらっていたのだ。椰子で葺かれた屋根から吊るされている獣の頭蓋骨とプランテンの量からして、ハヤマの息子は猟師としても百姓としても立派な腕前の持ち主に違いなかった。**067**焼いたプランテンを朝に食べる以外は、家族が集まって食事をするのは、午後遅くにもう一度あるだけだった。人々は一日中、手に入るものなら何でも口にしていた。果物や木の実、あるいはご馳走である蟻や蜂の子を焼いたものなどである。
食事についてのハヤマの提案を、リティミも気に入ったようだった。ニコニコしながら彼女は私たちの小屋へと歩いていき、私のハンモックの上に吊ってあるかごを下ろした。そのかごは彼女が私にくれたもので、彼女はその中からノートと鉛筆を取り出した。「さあ、仕事にかかるわよ」命令調で彼女は言った。

それまでの六ヶ月間ミラグロスがしてくれたのと同様に、この日からはリティミが仲間たちのことを私に教えてくれることになった。ミラグロスは毎日数時間を私が正式な授業と呼ぶものに充ててくれた。
初めのうち、彼らの言葉を覚えるのは実に大変なことだった。発音がとても鼻にかかったものである上に、人々がタバコの塊を口に入れて喋るもので、聞き取ることがとても難しかったのだ。比較文法の手法での記述も試みたが、じき諦めた。十分な言語学の知識がなかったこともあるが、彼らの言葉を学ぶのに、理論的にしようとすればするほど、かえって喋ることができなくなってしまうのに気がついたからだ。
子どもたちが一番の先生だった。色々なものを指さしてその名前を教えてくれ、とても面白がりながら、私が言葉を繰り返し言うのを助けてくれた。そして、何かを意識的に説明しようとしたりは一切しなかった。子どもたちと一緒にいると、間違いを恐れる必要などなしに、長いあいだ言葉の練習を続けることができた。ミラグロスがいなくなったあとにも、理解できないことはまだまだたくさんあったが、声の調子や顔の表情、そして手と体の雄弁な動きの意味を適切に読み取ることができるようになり、自分でも驚くほど、みんなとのコミュニケーションはスムーズなものとなった。
正式な授業時間の合間に、リティミは様々な小屋に私を連れていき、たくさんの女たちに会わせてくれた。私はどんな質問でもすることができた。**068**女たちは私の好奇心に面食らいながらも、ゲームでも楽しむかのように気さくに話をしてくれた。私に分からないことがあると、繰り返し繰り返し気長に説明をしてくれた。
ミラグロスが先例を作ってくれたお陰で私は大いに助かった。ここでは好奇心は悪いことと見なされるだけでなく、質問はされたくないという彼らの気持ちにも逆らうものでもあっだ。にも関わらず、ミラグロスはとても寛大に私が好奇心のままに振る舞うことを許してくれた。私の好奇心のことを風変わりな気まぐれと彼は呼んだが、この娘はイティコテリの言葉や習慣について知れば知るほど、それだけ早く皆とくつろいでいられるようになるのだ、と説明をしてくれたのである。
そうやって話を聞いているうちに、じき分かったのは、直接的な質問をたくさんする必要はないということだった。自分の側について何気なく説明するだけで、それに対応する相手側のことを、それも、教えてもらえるとは思いもしなかったようなことまで色々と聞かせてもらえることも、しばしばだった。
毎日暗くなる前の時間に、リティミとトゥテミに手伝ってもらいながら、昼の間に集めたデータに向かい、社会構造、文化的価値、自給技術などといった、人間の社会行動に関する普遍的なカテゴリーによって分類することを試みた。
しかし、大変残念なことに、ミラグロスが触れることをしない話題が一つだけあった。シャーマニズムである。自分のハンモックの中から治療の儀式を二回見る機会があり、細かい点に至るまで記録を取ることができた。
「アラスウェは偉大なシャポリだ」一回目の治療の儀式を見ているときにミラグロスはそう言った。
「祈りを唱えることで精霊の助けが得られるの?」ミラグロスの義兄弟であるアラスウェが、うつ伏せに寝ている子どもの体をマッサージし、吸い、こするのを見ながら私は訊ねた。
ミラグロスは怒った顔でこちらを見た。「話してはいかん事柄というものがある」彼は急に立ち上がったが、小屋を立ち去る前につけ加えて言った。「こうしたことについての質問はいかん。そんなことをすれば全くやっかいなことになるぞ」
**069** ミラグロスの言った内容には驚かなかったが、あからさまな怒りは予期しないものだった。彼がその話題について話さないと言うのは、私が女だからなのか、それともシャーマニズム自体がタブーの話題だからなのだろうか、と私は考えた。その時点では敢えて答えを探そうとは思わなかった。女であり、一人きりの白人なのだから、用心するに越したことはなかった。
多くの社会において、シャーマニズムに関わる知識や治療の実践というものは、修行者以外の者には明かされないものであることは、私も了解していた。ミラグロスがいない間、シャーマニズムという言葉こそ一度も口にしなかったが、怒りや疑いを引き起こすことなくシャーマニズムについて知るためにはどうしたらよいだろうかと、私は長い時間をかけて考えた。
シャポリが幻覚性の嗅ぎ薬であるエペナの影響下にあるとき、その体が変化をこうむると、イティコテリの人々が考えていることは、二回の儀式について取ったノートから明らかだった。つまり、シャーマンは自分の人間としての体が、超自然的体に変身しているという仮定の下に行動をしており、これによってシャーマンは森に住む精霊と交信することができるのである。私の方法論の眼目は、体を通してシャーマニズムを理解することにあった。ここでいう体とは、精神化学的法則や、自然の中の全体論的な力、環境、あるいは魂自体によって決定される対象としての体ではなく、生きて経験するものとして体、行動を通して立ち現れる、表現する統一体としての体を意味する。
私の研究も含めて、多くのシャーマニズムに関する研究は、治療についての精神療法的な面と社会的な面とに焦点を当てていた。私の方法論は、新しい説明を提供するだけでなく、疑いを引き起こすことなく治療について知ることをも可能にしてくれるだろうと私は考えた。体に関する質問だからといって、シャーマニズムに関係するとは限らない。私が実際には何を目的としているか、イティコテリの人々に気づかれることなく、少しずつ必要な情報を集めることができるに違いなかった。
**070** 自分がしている不誠実なやり方について感じる良心の痛みは、西洋以外の治療の実践を理解するためには、この研究はとても大切なものなのだと、何度も自分に言い聞かせるうちに静まっていった。風変わりな、そして多くの場合奇妙としか言いようのないシャーマニズムの風習は、別の解釈の枠組みのもとで光を当ててこそ理解可能になるものであり、一般的に、このようにして人類学の知識は深められていくのである。

「もう二日間も仕事をしてないじゃないの」ある午後、リティミが言った。「昨日の夜の踊りのことも質問してないでしょ。あれが重要なものだって分らなかったの? 私たちの歌と踊りがなかったら、狩りに出ている者たちは祭りのための獲物を持って帰ることができないのよ」彼女は私を叱りながらノートを膝に投げてよこした。「本に模様を書くことすらしてないでしょ」
「ニ、三日、休憩を取ってるの」そう言って私は、自分の持ち物のの中で一番大切なものであるかのように、そのノートを胸の前で抱きしめた。ノートのどの一ページを取ってもシャーマニズムに関するデータで一杯であることを、彼女に伝えるつもりは全くなかった。
リティミは私の両手を取り、じっくりと調べ、とても深刻そうな顔を装って言った。「両手ともすごく疲れてるようね。休ませてあげなくちゃ」
私たちは吹き出した。ノートに模様を描くことを私が仕事と考えていることに、リティミはいつも面食らっていた。彼女にとって仕事といえば、畑の草を取ること、焚き木を集めること、シャボノの屋根を直すことだったからだ。
「踊りも歌もとても素敵だった」私は言った。「あなたの歌っている声がちゃんと分ったわ。美しい声ね」
リティミは嬉しそうに笑った。「歌はとっても上手なの」その言葉には控えめな自信が率直に表され、魅力的だった。少しも自慢気ではなく、事実を述べているだけなのだ。「狩りに出ている人たちは、きっとたくさん獲物を取ってくるわ、祭りに来る人たちが食べきれないほどね」
うなづいて同意しながら、私は小枝を探し、柔らかい地面に人間の体を描き始めた。「これは白人の体」主な内臓や骨を描きながら私は言った。「イティコテリの人の体はどうなってるの?」
「そんなばかげた質問をするなんて、相当くたびれてるのね」リティミはそう言って、なんておばかさんなの、と言いたげな顔で私を見つめた。彼女は立ち上がって踊り始め、大きな声でメロディアスに歌った。「これが私の頭、これが私の腕、これが私の胸、これが私のお腹、これが私の……」
じきにリティミの奇妙な踊りに惹かれて、女たち、男たちが周りに集まってきた。甲高い声を上げ、笑いながら、互いの体について卑猥なことを言い合った。大人になりかけた少年たちの中には、笑いすぎて、自分のペニスをつかみながら、地面を転げ回る者までいた。
「私が描いたみたいに自分の体の絵を描ける人はいない?」私は聞いた。
数人がこの問いかけに応え、木のかけら、枝、折れた弓などを手に取り、地面に絵を描き始めた。彼らの描いた絵には、それぞれに明らかな違いがあった。はっきりと分かるように強調して描いてある性的な違いだけでなく、男たちの体には全て胸の中に小さな何者かの姿が描かれていたのだ。
私は自分の喜びを隠すことができなかった。これこそアラスウェが、治療の儀式を始める前に呼び出していた精霊に違いないと思ったのだ。「これは何なの?」私は何気なく聞いた。
「男の胸に住んでる森のヘクラたちさ」男の一人が言った。
「男たちはみんなシャポリなの?」
「男はみんな胸にヘクラたちが住んでるんだ」男は言った。「だけど本物のシャポリだけがヘクラたちを使うことができる。そして偉大なシャポリだけが、病気を治したり、敵のシャポリの呪文を解いたりするために、自分のヘクラたちに命令することができるのさ」私が描いた絵を見ながら、彼は訊ねた。「どうしてあんたの絵には足の中にまでヘクラスが描いてあるんだい? 女にはヘクラスはいないのに」
そこに描いてあるのは精霊ではなく、内臓と骨であることを説明すると、彼らはすぐさま自分たちの絵にもそれを描き加えた。私は知ることのできた内容にすっかり満足して、リティミが森に焚き木を集めに行くのに喜んでついていった。焚き木を集めることは、女の仕事の中でも一番大変で、一番嬉しくないものだった。囲炉裏の火を絶やすことは許されなかったから、焚き木はいくらあっても、ありすぎるということがないのだった。
**072** その晩も、私が村にやって来て以来の毎晩と同様、リティミは私の足に棘や何かのかけらが刺さっていないかを調べてくれた。そして、何もないことに満足すると、両手で私の足をこすり、きれいにしてくれた。
「シャポリがエペナを摂ったときには、体が変身することになるのかなあ?」私は言った。私の理論的仮説の独自性は、シャーマンが体に関する一つの想定のもとに行動しているということにあったので、彼ら自身の言葉でそのことを確認しておくことが重要だった。つまり、その想定がその集団の中で共有されているのかどうか、もしそうなら、それは意識的な性質のものなのか、それとも無意識的なものなのかを知る必要があったのである。
「昨日のイラマモウェを見た?」リティミは聞いた。「彼が歩くところを? 彼の足は地面に触れやしなかった。彼は力のあるシャポリよ。偉大なジャガーになっていたの」
「彼は誰の治療もしなかったね」私は重たい気持ちになって聞いた。アラスウェの兄弟であるイラマモウェが偉大なシャーマンと見なされていることに、私は幻滅していた。自分の妻を殴っているところを二度も見たことがあったからだ。
会話を続けることに興味を失くして、リティミはむこうを向くと、夕べの儀式の準備に取りかかった。彼女は小屋の裏手の小さなロフトから私の持ち物をしまってあるかごを取り出し、地面に置いた。一つ一つ品物を取り出しては頭の上にかざし、私がその名前を言うのを待った。私が名前を言うとすぐに、まずスペイン語で、続いて英語で、彼女は名前を繰り返し、そうして首長の妻たちと他に何人かの女たちが、私たちの小屋に毎夜集まっては、異国の言葉を口にするという、夜の合唱の時間が始まるのだった。
自分のハンモックでくつろいでいる私の髪を、トゥテミが指でかき分け、いるはずのないしらみを探してくれた。少なくとも今のところ、一匹もいないはずだと、私は確信していた。リティミは二十歳くらいだと思っていたが、トゥテミはそれより五、六歳若く見えた。トゥテミの方が背が高く、体重も重く、彼女のお腹は初めての妊娠で大きくなっていた。**073** 彼女は恥ずかしがりで引っ込み思案だった。黒い瞳に、寂しげな、遠くを見るような眼差しをたたえていることもしばしばで、声に出して考えごとをしているかのように、ひとり言を言っていることも時々あった。
「シラミよ、シラミ!」女たちのスペイン語と英語の謡いをさえぎって、トゥテミが大声を出した。
「見せて」冗談を言っているのだろうと思いながら私は言った。「シラミって白いの?」彼女の指の上に小さな白い虫を見ながら私は聞いた。シラミは黒っぽいものとずっと思っていたのだ。
「白い娘に白いシラミね」トゥテミはいたずらっぽく言った。そして満足気に喜びの表情を浮かべながら、その虫を一匹ずつ歯で潰しては飲み込んだ。「シラミはみんな白いのよ」

☆続きはこちらです。
[第七回]

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☆第一回〜第五回はこちらです。
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