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2017年6月29日木曜日

07 フロリンダ・ドナー「シャボノ」 -- アマゾンの奥地・ヤノマミ族の暮らし


カルロス・カスタネダの呪術師仲間、フロリンダ・ドナーが描くアマゾン奥地のシャーマニズムの世界。「シャボノ」の翻訳、第七回めを公開します。
NHKの番組から劇場公開された「ヤノマミ~奥アマゾン-原初の森に生きる~-劇場版」でも描かれる、嬰児殺しの風習をもつヤノマミ族の物語です。

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フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第七回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙25枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第一回〜第六回はこちらです。
[第一回] | [第二回] | [第三回] | [第四回] | [第五回] | [第六回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします]

若き女性文化人類学者のフロリンダが、アマゾンの森の奥地で、先住民族たちから学んだことはなんだったのか。

どうぞ、お楽しみください。

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第二部
**074**


祭りの日がやってきた。正午からリティミとトゥテミは私に付きっきりで、私を飾り立てようと悪戦苦闘していた。鋭く研がれた一片の竹で、トゥテミは私の髪を慣習に合った形に整え、ナイフ並みの切れ味の草の刃で、私の頭のてっぺんを剃った。足の毛は、植物の樹脂と灰と土から作ったペーストを使ってこすり落とし、きれいに脱毛してもらった。よく噛んで筆状にした小枝を使い、リティミは、私の顔に波打つ線を描き、体中に複雑な幾何学模様を描いた。脱毛のために赤く腫れ上がった両足は、何も描かないままに残された。取らないでくれと私が頼んだループ状のイアリングの上に、彼女は白い羽根の束と一緒に、ピンクの花を一輪結んでくれた。二の腕と手首と足首には赤い綿のひもが結ばれた。
「あ、ちょっと。それはやめてよ」私はそう言って、リティミの手の届かないところまでぱっと逃げた。
「痛くないって」私にそう言ってから、どうしようもないという調子で聞いた。「お婆さんみたいに思われてもいいの? 痛くないからさ」リティミはこだわって私を追い回した。
「放っといてやれよ」ロフトに置いてある木の皮の箱に手を伸ばしながら、エテワが言った。私の方を見ると彼は大笑いをした。大きな白い歯を見せ、目を細めながら、戸惑う私をからかっているようだった。「彼女は恥毛もろくに生えてないじゃないか」
**075** 私はその言葉に助けられ、リティミからもらっていた赤い綿の帯を腰に巻きながら、エテワと一緒に笑った。太く平らな帯の端についた房で、股間が間違いなく隠れるようにして、私はリティミに言った。「これで何も見えないでしょ?」
リティミは全く感心しない様子で肩をすくめ、自分の恥部の余分な毛の始末を続けた。
エテワの褐色の顔と体には、濃い色で円とアラベスク模様が描かれていた。腰の帯の上には、赤い綿の太糸で編まれた丸くて太い飾り帯を締めている。二の腕には猿の毛皮でできた細い帯を巻き、その毛皮には、自分で木の皮の箱から選んだ黒と白の羽根を、リティミにつけてもらっていた。
アラスウェの妻の一人が、朝のうちに用意しておいた、ねばつくやにのペーストを、リティミは手の指につけて、エテワの髪全体に塗りつけた。すかさずトゥテミが、別の箱から手に一杯の白い羽毛を取り、エテワの頭に振りかけた。羽毛でおおわれた頭は、白い毛皮の帽子をかぶっているかと見間違えるほどだった。
「祭りはいつになったら始まるの?」私はそう言いながら、草取りをして、すっかりきれいに掃除してある広場から、男たちの一団が山ほどのプランテンの皮を運び出すのを見ていた。
「プランテンのスープと全ての肉の用意ができたらね」エテワはそう言って、誇らしげにぐるりと歩き、私たちが彼の姿をあらゆる方向から見られるようにした。唇には笑みが浮かび、まだ細めたままの目は楽しげだった。彼は、私の方を見ると、口からタバコの塊を取り出して、割ったひょうたんの上にタバコの塊を置いた。自分のハンモックの向こう側へと唾を吐くと、それは鋭く力強い弧を描いて飛んだ。自分の装いに満足し、悦に入っている者ならではの自信を表しながら、彼はもう一度私たちの方に向き直り、それから小屋を出ていった。
幼いテショマがべたつくタバコの塊を手に取った。それを口に入れて満足気にしゃぶる様子は、私ならチョコレートのかけらにかじりついたときに匹敵するほどのものだった。タバコの塊が半分ほど口からとびだしており、少女の小さな顔は、歪んでグロテスクに見えた。少女はにこにこ笑いながら私のハンモックに登ると、あっという間に寝てしまった。
隣の小屋で首長のアラスウェがハンモックに横になっているのが見える。バナナを調理し、肉をローストするのをそこから監督しているのだ。肉はニ、三日前に狩りに出たものたちが取ってきた獲物である。何人かの男たちが、組立工場の労働者さながらの素早い動作で、数えきれないほどのプランテンの房を調理していた。ある者は鋭い歯を皮に立て、皮に割れ目を作った。別の者は固い皮を剥き、木の皮の鍋にその実を放り込んだ。鍋は朝早いうちにエテワが組み立てたものだ。そして、また別の男が、鍋の下の三つの小さな焚き火の番をしている。
「男しか調理をしないのはどうしてなの?」私はトゥテミに聞いた。女が大きな獲物を調理しないのは知っていたが、プランテンに近づく者すらいないことを不思議に思ったのだ。
「女たちは不注意すぎるからな」アラスウェがこちらの小屋に入ってきて、トゥテミの代わりに答えた。その目は、自分の言葉に反論はないかと、挑むかのように見えた。微笑みながら、彼はつけ加えた。「女どもときたら、すぐに気が散って、木の皮をみんな燃しかねん」
私が何か言う間もなく、彼は自分のハンモックに戻ってしまった。「今のを言うためにわざわざ来たのかな?」
「違うわ」リティミが言った。「あなたを見に来たのよ」
始末していない恥毛のことをリティミに思い出してほしくなかったので、アラスウェの眼鏡に適ったかどうかを聞くのは気が引けた。「見て」私は言った。「お客さんが来たわ」
「あの人がプリワリウェ、アンゲリカの一番上のお兄さんよ」男の集団の中にいる一人の老人を指して、リティミが言った。「恐ろしいまでに偉大なシャポリなの。一度殺されたのに死ななかったんだから」
「一度殺されたのに死ななかった」その言葉をゆっくり繰り返して言いながら、文字通りに受け止めるべきなのか、それとも言葉の綾にすぎないのだろうかと、私は考えた。
「彼は襲撃のときに殺されたんだ」エテワが小屋に入ってきながら言った。「死んで、死んで、死んで、それでも死ななかった」**077**唇の動きを強調しながら、はっきりとそう言った。そうすることで、自分の言葉の本当の意味が私に伝わるとでもいうかのようだった。
「今でも襲撃はあるの?」
私の問いに答えるものは誰もいなかった。エテワは梁の陰に置いてあったきびの長い筒と小さなひょうたんを手に取り、小屋をあとにすると、広場の真ん中でアラスウェの小屋に向かって立っている客に挨拶に行った。
男たちが次々と居住地に入ってくるのを見て、女は祭りに招かれていないのだろうかと不思議に思い、訊ねた。
「女たちは外よ」リティミが答えた。「男たちがエペナを摂っている間、他の客と一緒に外でおめかしをしてるわ」
首長のアラスウェ、その兄弟のイラマモウェ、エテワ、そして他に六人のイティコテリの男たちは皆、たくさんの羽根、毛皮、赤いオノトのペーストで飾り立てており、すでにしゃがんでいる客たちと向かい合う形でしゃがみ込んだ。彼らはしばらくの間、互いに目を合わせることなく話をした。
アラスウェは首から下げていた小さなひょうたんを外すと、茶色がかった緑の粉をきびの筒の片方の端から注ぎ込み、アンゲリカの兄であるプリワリウェ老と向かい合った。きびのその端をシャーマンであるプリワリウェの鼻に当て、アラスウェは力を込めて、幻覚作用のあるその粉を、その鼻の穴へと吹き込んだ。エペナを摂るとき、他の男がたじろぎ、呻き、よろめくのを見たことがあったが、プリワリウェは微動だにしなかった。しかし、彼の目はかすんだようになり、じきに鼻と口から緑色の汚物が流れだした。彼は小枝を使って汚物を払った。ゆっくりと彼は唱いを始めた。とても小さな声だったので、他の者たちの呻きにかき消され、言葉は聞き取れなかった。無表情で動きがない目をして、鼻水とよだれをあごと胸に滴らせたまま、アラスウェは宙に跳び上がった。耳と腕に飾られた金剛インコの赤い羽根が、体の周りをはためいた。彼は繰り返し跳び上がったが、着地するときの軽やかさは、彼ほどがっちりした男には不可能としか思えないものだった。その顔は石の彫像のようで、まっすぐに揃えた前髪が突き出た額にかかっている。**078**鼻腔が開いた大きな鼻と呻りを上げる口元は、日本の寺で見た四天王の一人を思い出させた。
男たちのうちには、ふらふらとその場を離れていき、頭を抱えて嘔吐している者もいた。プリワリウェ老の唱いの声が大きくなった。一人また一人と男たちは再び彼の周りに集まってきたた。男たちはしゃがみ込み、腕で膝を抱え、その目は自分たちだけに見えるどこか不可視の場所をさまよっている。シャポリの唱いが終わるまで、男たちはそのまま静かにしていた。
イティコテリの男たちは、それぞれが一人の客を伴って自分の小屋へと戻った。アラスウェはプリワリウェを招いた。エテワは嘔吐していた若い男の一人と一緒に小屋へ戻ってきた。その客は私たちの方を見ることもなく、自分のものであるかのような自然さでエテワのハンモックに入り込み、体を伸ばした。まだ十六歳にもならないくらいの若者だった。
「イティコテリの男たちの中には、エペナも摂らないし、身を飾りもしてない人がいるけど、どうしてなの?」私はリティミにそっと聞いた。リティミは忙しそうに、エテワの顔をきれいにし、オノトで模様を描き直している。
「明日にはみんな身を飾るわ。明日から何日かはお客さんももっと来るし」彼女は言った。「今日はアンゲリカの親戚のための日だから」
「でも、ミラグロスはいないじゃない」
「ミラグロスなら今朝戻ったわ」
「今朝ですって?」信じられない思いで私は聞いた。エテワのハンモックで寝ている若者が、目を大きく見開いて私を見ると、再び目を閉じた。テショマが目を覚まし、むずかり始めた。私は彼女を落ち着かせようと、地面に落ちてしまったタバコの塊をその口に入れようとした。テショマはいやいやをし、更に大きな声で泣き出した。私は彼女をトゥテミに任せた。トゥテミはテショマが落ち着くまで前に後ろにゆらゆらと揺らしてやった。どうしてミラグロスは戻ってきたことを私に教えてくれなかったんだろう。怒りと傷つけられた思いを感じながら、私はそう思った。目には自己憐憫の涙が溢れた。
「ほら、ミラグロスが来たよ」シャボノの入口を指してトゥテミが言った。
**079** 男と女、それに子どもたちの一団を引き連れて、ミラグロスはアラスウェの小屋へとまっすぐに進んだ。目と口の周りには、赤と黒の線が丸く描かれている。呪文にかけられたように私は彼の頭に巻かれた猿の黒い尻尾に見入った。その尻尾からは色とりどりの金剛インコの羽根が吊るされており、毛皮の腕帯を飾る羽根もそれに合わせてあった。祭りでする普通の帯ではなく、明るい赤い色をした腰布を巻いていた。
ミラグロスがハンモックに近づいてくると、私は説明のつかない不安で一杯になった。彼の硬くこわばった表情を見ると、自分の胸が恐ろしさでどきどきするのを感じた。
「ひょうたんを持ってくるんだ」スペイン語でそう言うと、向きを変え、プランテンのスープで一杯の木の皮の鍋に向かった。
誰もが私には一切関心を示さないまま、ミラグロスについて広場へ歩いていった。私は黙ったまま自分のかごに手を伸ばし、地面に置くと、持ち物をすべて取り出した。
森の中、腰の周りに結んで運んだときにはとても軽かったはずのひょうたんが、冷たくこわばった手に重く感じられた。
「鍋の中に中身を空けるんだ」ミラグロスが言った。今度もスペイン語だった。
「でも、スープで一杯じゃない」私は愚かにも言った。声は震えていた。手も思うように動かない。やにでした栓をひょうたんから外すことができないのではないか思うほどだった。
「空けるんだ」ミラグロスは再びそう言って、優しく私の腕を傾けた。
私はぎこちなくしゃがみ込むと、焼かれて細かい粉になった骨をゆっくりとスープの中に入れた。どろりとした黄色いスープの表面に、黒っぽい小さな山ができていくのを、私は催眠術にかけられたかのように見ていた。そのにおいで私は気分が悪くなった。灰は沈んでいかなかった。ミラグロスが自分のひょうたんの中身を更にその上に空けた。女たちがむせび泣きはじめた。私もそれに加わるべきなのだろうか。けれど、どう頑張っても涙の一滴も出ないだろうことが私にははっきりしていた。
何かが割れる鋭い音に驚き、私は背を伸ばした。マチェーテの柄で、ミラグロスが二つのひょうたんを真っ二つに割っていた。そして彼は骨の粉をスープに混ぜ込み、黄色いスープ全体が濁った灰色になるまでよくかき混ぜた。
スープで満たされたひょうたんを彼が口元に持っていき、ゆっくりと一息に飲み干すのを私は見守った。手の甲であごを拭うと、ひょうたんを再びスープで満たし、私に手渡した。
恐る恐る私は、自分を取り巻く人々の顔を見た。誰もがじっと私の一挙手一投足を見つめており、その目はもはや人間のものとは思えなかった。女たちのむせび泣きは止んでいる。自分の鼓動が、いつもより速く打つ音が聞こえた。口の渇きを何とかしようと何度も唾を飲み込みながら、私は震える手を伸ばした。そして私は目を閉じると、どろりとした液体を一息に飲んだ。意外なことに、甘く、少し塩気のあるそのスープは、私の喉をすっと通っていった。空になったひょうたんを私から受け取りながら、ミラグロスは表情を緩め、かすかな笑みを浮かべた。私は立ち上がると向きを変え、ゆっくりと歩いたが、吐き気で胃がおかしくなっていた。
甲高いお喋りと笑い声が小屋から聞こえてきた。シシウェが友だちに囲まれて地面に座り込み、私が散らかしたままにしていた持ち物を一つ一つ友だちに見せていた。自分のノートが囲炉裏にくべられ、くすぶっているのに気がついたとき、吐き気が怒りに取って代わった。指がやけどをするのもかまわず、私がノートの焼け残りを囲炉裏から取り出そうとすると、子どもたちは驚きながらも私に笑いかけてきた。子どもたちの顔に浮かんだ戸惑いの表情は、私が泣いているのに気がつくと、ゆっくりと驚きの表情になっていった。
**081** 私はシャボノから走り出し、川へ向かう道を行った。胸には焼け残りのノートを抱きしめていた。「布教所に連れ帰ってくれるようにミラグロスに頼もう」私は涙を拭いながら、ひとりごちた。その考えがあまりにばかげたものに思えて、私は思わず笑い出してしまった。頭の天辺を剃っているというのに、どんな顔をしてコリオラーノ神父に会ったらいいというのだろう。
水辺にしゃがみ込み、指を喉に突っ込んで吐こうとしたが無駄だった。疲れ果て、水の上に顔を出している平らな岩の上に仰向けに寝そべって、ノートの焼け残りを調べてみた。涼しい風が髪を撫でた。うつ伏せになると、石のぬくもりが体に伝わってきた。のんびりとした気持ちが全身に広がり、怒りも疲れも全て溶かし去ってくれた。
澄んだ水に自分の顔が映らないかと見てみたが、風が水面を乱して、川は何も映してくれなかった。川岸に沿って並ぶ暗い色をした水溜りには、明るい緑の草木が、雲のようにぼんやりとその像を映していた。
「ノートを川に流してやれ」ミラグロスが、岩の上、私の隣に座って言った。突然彼が現れても私は驚かなかった。彼が来るのを待っていたのだ。
頭を少しだけ動かして静かにうなずくと、岩の上から川面へ手を伸ばした。私は握っていた指を開いた。焦げたノートが水の中へ落ちるかすかな水音がした。ノートが川下に流れていくのを見つめながら、私は背負っていた重荷を下ろしたように感じていた。「布教所には行かなかったのね?」私は言った。「アンゲリカの親戚を連れてくる必要があるって、どうして教えてくれなかったの?」
ミラグロスは答えず、ただ川の向こうを見ていた。
「あたなが子どもたちに、私のノートを焼くように言ったの?」私は聞いた。
顔を私の方に向けたが、黙ったままだった。すぼめた唇はがっかりとした気持ちをうっすらと表しているようだったが、私にはその意味は分らなかった。ようやく口を開くと、声の調子は柔らかかったが、自分の意志に逆らって無理にそうしているようだった。
「イティコテリの者たちは、他の居住地の者たちと同じように、何年もの間、森の奥へ奥へと移り続けている。**082**布教所や白人が使う大きな川から遠ざかってな」
彼は顔の向きを変え、とかげが石をぎこちなく這うのを見た。とかげは目ぶたのない目で私たちをちらりと見たかと思うと、石の陰へ姿を消した。「逆のやり方を選んだ居住地もある」ミラグロスは続けた。「〈理性の者〉たちが持ってくる物を選んだのだ。森だけが自分たちを守ってくれるということが分らなかったのさ。気がついたときにはもう遅い、白人にとって先住民族など犬以下の存在だというのにな」
二つの世界のはざまでずっと生きてきた自分には、白人の世界では先住民族には全く望みはないのが分るのだと、彼は言った。白人の中にも先住民族の中にもそれとは逆のことを信じ、あるいは現にそうしている者が少数ながらいるにしても、そのことに変わりはないのだ。
私は人類学者とその仕事について、慣習や考え方を記録することの重要性について話した。彼が以前言ったように、その慣習や考え方は消え去り、忘れ去られる運命にあるのだ。
あざ笑うような小さな笑みで彼の口元が歪んだ。「人類学者のことなら知っている。一度、情報提供者として働いたこともあるしな」そう言って、彼は笑い出した。笑い声は高かったが、その顔には表情がなかった。目は笑っておらず、敵意に輝いていた。
彼の怒りが直接私に向けられているとしか思えず、私ははっとした。「私が人類学者だって知ってるでしょ」ためらいながら私は言った。「イティコテリの情報をノート一杯に書き込むのを手伝ってくれたのはあなた自身だし、小屋から小屋に連れて行ってくれて、私に話してくれるように、あなたたちの言葉や慣習を教えてくれるように、みんなに言ってくれたんじゃない」
ミラグロスは、感情のかけらも表さずに座っていた。模様の描かれた顔は無表情な仮面のようだった。彼を揺さぶってやりたいと思った。私の言葉など聞こえていないかのようだった。彼は、暮れゆく空を背にすでに黒々と浮かぶ木々を眺めていた。私は彼の顔を見上げた。彼の頭が空を背にくっきりと黒い影となって浮かび上がっていた。燃えるように赤い金剛インコの羽根と猿の毛皮の紫のたてがみが、空に色鮮やかな線を描いているように見えた。
**083** ミラグロスは悲しげに首を振った。「お前はここに仕事をしに来たわけじゃない。仕事なら布教所の近くの居住地でやっていればよかったんだ」目ぶたの際に涙が溜まった。涙は太くて短いまつ毛に移って輝き、震えた。「我々の人生のあり方と考え方という知恵をお前は受け取ったんだ。だからお前は我々の生き方のリズムで動くことができるし、守られていると感じ安心していられる。それは純粋な贈り物であって、何かに使ったり、誰かに与えたりできるようなものじゃない」
涙で潤み、輝く彼の目から、私は視線をそらすことができなかった。彼の目に憤りの感情はなかった。その黒い瞳に、自分の顔が映るのが見えた。アンゲリカとミラグロスの贈り物。ようやく私にも理解ができた。私が森の中を導かれ、連れて来られたのは、人類学者の目で彼らの仲間を見るためではなかったのだ。自分が見聞きしたものを、ふるいにかけ、判断し、分析する、そういうことをするためではなく、アンゲリカならば最後にもう一度したに違いないやり方で、仲間たちと出会うためだったのだ。アンゲリカもまた自分の時代、自分の仲間たちの時代に終わりが近づいていることを知っていたに違いない。
私は視線を水面に落とした。自分が時計を落としたことに気づいていなかったが、散らばる小石の間に時計は横たわり、水の中、小さな光るいくつもの点の不安定な像が、集まって現れたり、ばらばらになって消えたりしていた。時計バンドの金具が切れたのだろうと思ったが、森の向こうの世界との最後のつながりであるその時計を取り戻そうとはしなかった。
ミラグロスの声で私の夢想はさえぎられた。「ずいぶん昔のことだ。大きな川に近い居住地にいるとき、人類学者のために働いたことがある。その男はシャボノで我々と一緒に暮らすことはせず、丸太の柵の外に自分用の小屋を立てて住んだ。小屋には壁も扉もあり、扉には中からも外からも鍵がかけられるようになっていた」ミラグロスはそこで一呼吸置き、しわの寄った目の周りの乾いてしまった涙を拭い、私に訊ねた。「俺がその男に何をしたか、知りたいか?」
「ええ」ためらいながら私は言った。
**084**「俺はそいつにエペナをやった」ミラグロスは少し間を置き、私がとまどうのを楽しむかのように微笑んだ。「その人類学者は、聖なる粉を吸った誰もと同じように振舞った。シャーマンと同じビジョンを見たと言ってたな」
「何もおかしなことはないじゃない」ミラグロスの自慢気な調子に、少し苛立って私は言った。
「いや、ある」彼はそう言って笑った。「わしがそいつの鼻の穴に吹き込んでやったのは、ただの灰だったんだからな。灰など鼻から吸い込んでも、鼻血を出すのが関の山だ」
「私にも同じことをするつもりなの?」私はそう訊ねてから、自分の声に自己憐憫の気持ちがはっきり表れていることに気づいて赤くなった。
「アンゲリカの魂の一部をお前にやった」優しくそう言いながら、彼は足元の危うい私に手を貸してくれた。
シャボノの境界から向こうは暗闇に溶け込んでしまったかのようだった。おぼろな光の中、周りはよく見えた。木の皮の鍋の周りに集まっている人々は、森の生きものを思わせた。彼らの輝く目に、焚き火の灯りが映っていた。
私はハヤマの隣に座り、肉をひとかけらもらった。リティミが頭を私の腕にこすりつけてきた。幼いテショマは私の膝に座った。慣れ親しんだ匂いと音に守られ、私は満ち足りた気持ちになった。周りにいる人たちの顔を熱心に見つめ、この中の何人が、アンゲリカと血のつながりがあるのだろうと思った。彼女の顔と似た顔は一つもなかった。前にはよく似ていると思ったミラグロスの顔でさえ、今は違って見えた。彼女の顔がどんなだったのか、多分もう忘れてしまったのだろうと、私は悲しく考えた。すると焚き火から伸びる一条の光の中に、彼女の笑顔が浮かび上がった。私は頭を振って、その幻を消そうとし、そして自分が見ているのはシャーマンのプリワリウェ老であることに気がついた。彼は人々の集団から少し離れたところにしゃがんでいた。
彼は小柄で痩せており、しなびたような老人で、肌の色は茶色がかった黄色だった。腕と足の筋肉はもう萎えていた。**085**しかし、その髪はまだ黒く、頭の周りで少し縮れていた。彼は着飾っておらず、身に着けているのは腰の周りに巻いた弓の弦だけだった。あごから垂れるまばらな髭と少しばかりの口ひげが上唇の際に影を作っている。深くしわの寄った目ぶたの下で、彼の目は焚き火の灯りを反射して、二つの小さなライトのように見えた。
あくびをして、洞穴のような口を開けると、黄色くなった歯が鍾乳石のようにぶら下がっているのが見えた。彼が唱いを始めると、笑い声とお喋りが止んだ。その唱いの声は、別の時間、別の場所に属するものとしか思えないものだった。彼は二種類の声を使い分けた。一つは喉から出す甲高い声で、恐ろしさを感じさせた。もう一つは腹から出す深い声で、気持ちを落ち着かせるものだった。
他の者たちがそれぞれのハンモックに引き上げ、あちこちの焚き火が燃え尽きてしまった随分あとになっても、プリワリウェは広場の真ん中の小さな焚き火の前にしゃがんだままでいた。低い調子で唱いを続けている。
私はハンモックから抜け出すと、彼の隣にしゃがみ込み、尻が地面に着く姿勢を取ろうと試みた。イティコテリの人々によれば、何時間もの間しゃがんだままで、すっかりくつろいでいるためには、その姿勢が一番ということだった。プリワリウェは私の方を見、私の視線を認めると、宙を見やった。私が彼の考えの連なりを邪魔したとでも言うかのようだった。ぴくりとも動かなかったので、彼は眠りに落ちたのだという、奇妙な印象を持った。すると彼は足から力を抜くことなく尻を地面の上でずらし、再び徐々に唱いを始めた。その声はかすかなつぶやき程度のもので、私には一言も聞き取れなかった。
雨が降り始めたので私はハンモックに戻った。雨粒が優しく椰子葺きの屋根を打ち、不思議な夢遊状態に誘うリズムを刻んだ。もう一度広場の真ん中を見たときには、老人はもうそこにいなかった。そして暁が森を照らし始める頃、私は時間のない眠りの中に滑りこんでいったのだった。

☆続きはこちらです。
[第8回]

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☆第一回〜第六回はこちらです。
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