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2017年7月26日水曜日

10 フロリンダ・ドナー「シャボノ」 -- アマゾンの奥地・ヤノマミ族の暮らし


ここに翻訳を掲載している「シャボノ」は、アメリカのカリフォルニア大学ロスアンゼルス校で文化人類学を専攻した女性作家フロリンダ・ドナーが、アマゾン奥地の先住民族ヤノマミの暮らしを描いたノンフィクションです。

ドナーは、メキシコの呪術師の世界を描いた「ドン・ファン・シリーズ」で知られるカルロス・カスタネダの呪術師仲間でもあり、この「シャボノ」に
おいても、幻覚性の物質による変性意識体験や、シャーマニズムの奥深い世界観が興味深く語られます。

また、ヤノマミの人々は、NHKの番組から劇場公開された「ヤノマミ~奥アマゾン-原初の森に生きる~-劇場版」でも描かれるように、嬰児殺しの風習をもつことで知られます。

第10回目の今回は、死期の迫った老人と、生まれてすぐに間引かれてしまう赤ん坊という二つの対照的な場面が描かれます。

NHKの番組では、劇的に描かれる「嬰児殺し」の風習ですが、ドナーは淡々と、けれども心動かされる筆致でそのエピソードを書いています。

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フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第10回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙20枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第1回〜第9回はこちらです。
[第1回] | [第2回] | [第3回] | [第4回] | [第5回] | [第6回] | [第7回] | [第8回] | [第9回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします]

それでは、どうぞお楽しみください。

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第3部

**118**
第10章

優しい雨だれの音と、男たちが小屋の外で唱いをする声で、私は昼寝から目が覚めた。影は長くなり始め、屋根から吊ってある椰子の葉を風が揺らしている。かすかな音と何者かの存在感が、小屋を瞬く間に満たした。焚き火に薪がくべられでて、じきに何もかもが、煙と湿気、食べ物と濡れた犬のにおいを帯びた。小屋の外の男たちは、仮面のような顔や背中に落ちる雨粒など気にもせず、謡いを続けている。エペナを摂って潤んだ男たちの瞳は、遠くの雲に釘付けになり、森の精霊たちに向かって見開かれていた。
私は雨の中、川へと歩いた。川岸に沿って生える背の高い草の葉の影にひそむ小さな蛙たちが、パンヤノキの葉を叩く大きな雨粒に驚いて跳び出してきた。私は水辺に腰を下ろした。時間が過ぎるのも忘れて、雨粒の作る同心円が川面に拡がる様子や、どこかよその世界に置き去りにされた夢から紛れ込んできたようなピンクの花が、水面を漂い、流れ去ってていくのを眺めた。空が暗くなり、雲の輪郭がぼやけて大きな一つのかたまりになった。木々も一本一本の境をなくし、葉の形も夕方の空に溶けて見えなくなってしまった。
**119** 後ろから泣き声のような音が聞こえたので振り返ったが、葉の上で雨粒がちらりと光るのが見えるだけだった。説明のつかない不安に駆られて、私はシャボノへ戻る道を急いだ。夜になると何もかもが不確かに思えた。川も森も、私にはその存在が感じられるだけで、決して理解することのできない何ものかなのだった。私はぬかるんだ道で足を滑らせ、ねじ曲がった木の根に足の親指をぶつけてしまった。再び、小さな泣くような音が聞こえた。イラマモウェの猟犬が苦しげに鳴いたときの声を思い出した。犬は、狩りの最中、間の悪いときに吠えたためにイラマモウェの怒りを買い、毒矢で射られたのだった。傷ついたその犬は居住地に戻ってくると、木の柵の外に身を潜めて、何時間ものあいだ苦しみの声を上げ続けた。アラスウェがもう一本の矢を打ち、その苦しみを終わりにしてやった。
私は静かに呼びかけた。声は止み、続いて苦しそうな呻き声がはっきりと聞こえた。森に精霊がいるというのは本当かもしれない。私は真っ直ぐ立ち上がりながら、そう思った。人と獣を分ける微妙な境界線を超える存在がいるのだと、イティコテリの人たちは言う。そうした存在が夜、先住民族たちに呼びかけ、死の罠へと誘うと言うのだ。叫び声が出そうになるのを、私はこらえた。暗闇の中に突然何かが現れたように見えたのだ。私が立っているところから、ほんの一歩と離れていない木々の間に、何ものかが潜んでおり、その影が動いた。私は再び座り、身を隠した。微かな息の音がした。それはどちらかと言うと囁き声のようで、咳き込み、むせるような音もした。血生臭い襲撃の、復讐の物語が頭のなかを駆け巡った。男たちが夜になると好んでする話題だ。アンゲリカの兄である老シャーマン、プリワリウェの、敵の襲撃のさなかに殺されたと思われたのに、実際には死ぬことがなかったというその話を、私は特に思い出していた。
「彼は腹を、死が潜む場所を、射られた」ある晩アラスウェが話してくれたのだ。「しかし、自分のハンモックに横たわることもせず、広場の真ん中に立ち続けた。自分の弓矢を支えにしてな。よろめきはしたが、倒れなかった。
「プリワリウェ老が精霊に向かって唱いを始めると、襲撃者たちは自分たちが立つ場所に釘付けになって、次の矢を射ることができなかった。**120**死が横たわる場所に矢が刺さったまま、彼は森に姿を隠した。何日も何晩も彼は戻ることがなかった。食べるものも飲むものもなしに、森の闇の中で彼は過ごした。獣と木々のヘクラたちに祈りの唱いを捧げた。ヘクラたちは昼の明るい光のもとでは無害だが、夜の影の中では、それを操ることのできない者にとっては、恐るべき存在になる。歳経たシャポリであるプリワリウェは、その身を隠した場所から敵をおびき寄せた。そして一人ひとり魔術の矢で射殺したのだ」
また呻き声が聞こえ、続いてむせる音がした。下生えの中、棘が刺さらないようによく気をつけながら、私は這っていった。誰かの手に触れて、私は恐怖に息が詰まった。その指は折れた弓を握り締めている。顔の傷に触れて初めて、横たわっているのがカモシウェであることが分った。「おじいさん」死んでいるのではないかと心配しながら、私は呼びかけた。
老人は寝返りを打って横向きになると、暖かさと居心地の良さを自然に求める子どものように、両足を曲げて体のほうに引き寄せた。救いを求めるような眼差しを私に向け、落ちくぼんだ、片方だけの目の焦点を合わせようとしている。どこかとても遠い、別の世界から戻ってこようとしているかのようだった。折れた弓に体を預け、何とか立ち上がろうとして、私の腕にぱっとつかまったが、次の瞬間には奇妙な呻き声を上げて、地面に倒れた。私には彼を支えて立たせるだけの力はなかった。体を揺すってみたが、彼はじっと横たわったままだった。
まだ生きているのを確かめるために鼓動を探った。カモシウェは一つだけの目を開けた。言葉にはならない願いが、その眼差しに込められているように思えた。開かれた瞳孔は光を写すことがなく、深く暗い洞窟のようで、私は体から力を吸い取られるような気がした。間違ったことを言わないように、私はスペイン語で、優しく、子どもに話すように、彼に話しかけた。彼がその強力な目を閉じて眠りに落ちてくれたらいいのにと、私は願った。
両脇を抱えて体を持ち上げ、私はシャボノへと彼を引きずった。皮と骨だけのような体なのに、一トンもあるかのように感じた。二、三分もすると、休まざるを得ず、まだ息はあるだろうかと心配に思いながら、私は座った。彼の唇が震え、タバコの塊が吐き出された。**121**黒っぽい唾が私の足にしたたった。両方の目に涙が溢れている。私はタバコの塊を口に戻してやったが、彼は拒んだ。彼の両手を取り、少しでも温めてあげようと、自分の体にこすりつけた。彼は何かを言おうとしたが、理解のできないつぶやきが聞こえるだけだった。
シャボノの入口に近い、カモシウェ老人の小屋の隣で寝ている少年の一人が、老人を抱えてハンモックに寝かせるのを、手伝ってくれた。「焚き火に薪をくべて」驚きに目を見張っている少年たちに私は言った。「それからアラスウェかエテワか、誰かおじいさんを助けられる人を呼んできて」
カモシウェは息を楽にしようと口を開いた。小さな焚き火の揺らめく光で、老人の顔の幽霊のような青白さが強調された。彼は顔を歪めてなんとか笑顔を作った。その痛々しい笑顔を見て、自分がしたことは正しかったのだと確信が持てた。小屋は人々で一杯になった。誰の目にも涙が光っている。悲しげなすすり泣きがシャボノ中に拡がった。
「死は夜の暗闇のようなものではない」ようやく聞き取れるほどの声で、カモシウェが言った。束の間、ハンモックの周りに集まる人々の悲しみの声が止み、彼の言葉は沈黙の中に落ちていった。
「我々を置いて逝かないでください」男たちはそう嘆き、大きな泣き声を上げた。男たちは、老人の勇敢さについて語り、彼が敵を殺したときのこと、彼の子どもたちのこと、彼がイティコテリの首長だった日々のこと、彼が村にもたらした繁栄と栄光について語った。
「わしはまだ死なん」老人の言葉に、男たちは再び静まった。「お前たちの泣き声を聞くと悲しくてかなわん」彼は片方だけの目を開き、取り巻く顔を見回した。「わしの胸にはまだヘクラたちがいる。彼らに唱うんだ。彼らこそがわしを生かしておるんだからな」
アラスウェ、イラマモウェと、他に四人の男が、互いの鼻腔にエペナを吹き入れた。焦点の定まらない目をして、彼らは天界と地界に住む精霊たちに向けて唱いを始めた。
「何が苦しみをもたらしているのでしょうか」しばらくしてアラスウェが、体を老人に向けてかがめながら、訊ねた。**122**アラスウェは力強い手で老人の弱々しく干からびた胸をマッサージした。そして老人の動かぬ体に、暖かい息を吹きかけた。
「悲しいだけだ」カモシウェは呟いた。「ヘクラたちはじきにわしの胸から去る。悲しみのせいでわしは弱っておるのだ」
私はリティミと一緒に自分の小屋に戻った。「彼はまだ死なないわ」顔の涙を拭いながら、リティミは言った。「どうしてあんなにも長く生きたいと思うのかしら。あんなに年を取って、もう人間とは言えないほどなのに」
「人間じゃないって、どういうこと?」
「彼の顔」彼女は言った。「あんなに小さくなって、やせこけちゃって……」何と言えばいいか分からないというような顔で、リティミは私のことを見た。どう言葉にすればいいか分らないその思いを、つかもうとでもするかのように、彼女は曖昧に手を振った。そして肩をすくめると、微笑みながら言った。「男たちは夜通し唱いを続けるわ。そうすればヘクラたちが老人を生かしておいてくれる」
降り続く暖かい雨の単調な滴の音が、男たちの唱いと混ざり合った。ハンモックの中で体を起こしてみるたびに、男たちが広場の向こうの、カモシウェの小屋の中で、囲炉裏の火の前にしゃがみ込んでいる姿が見えた。自分たちの祈りでその命が守られることを確信している彼らは、他のイティコテリたちが眠っている間も、力強く唱いを続けた。
薔薇色を帯びた物憂げな暁の訪れとともに、声は静まっていった。私は起き上がると広場を横切って歩いた。空気は冷たく、地面は雨でしっとりと濡れている。囲炉裏に火は見えなかったが、小屋はしめった煙で暖かかった。男たちはまだカモシウェの周りに集まってしゃがみ込んでいる。顔は疲れ果て、目の周りには深い隈ができていた。
ハンモックに戻ると、リティミが起き上がって焚き火の熾きを起こしているところだった。「カモシウェは大丈夫みたい」それだけ言って、私は眠りについた。

**123** 茂みの陰から立ち上がると、アラスウェの一番若い妻とその母親が川の方へ向かって、ゆっくりと薮の中を歩いていくのが見えた。私はそっと二人のあとを追った。二人ともかごは持っておらず、鋭く研がれた一片の竹を手にしているだけだった。身重の若い妻は、腹の重さを支えるかのように両手を腹に添えていた。二人はアラプリの木の下で立ち止まった。下生えは刈られ、プラタニージョの大きな葉が地面一面に敷き詰められている。女は葉の上にひざまずくと腹を両手で押した。軽いうめきを口からもらすと、女は子どもを産んだ。
私は笑い声をもらさないように口を手でおおった。こんなに簡単に、こんなに素早く、子どもを産むことができるとは、私には想像もつかないことだった。二人の女はひそひそと言葉を交わしたが、葉の上で濡れて光る赤ん坊に目をやることも、拾い上げることもしなかった。
老婆は竹のナイフでへその緒を切ると、何かを探して辺りを見回した。そして真っ直ぐな枝を見つけると、それを赤ん坊の首にかかるように置いた。老婆はその両端を足で踏んだ。何かが折れる小さな音がした。その音を立てたのが赤ん坊の首だったのか、折れた木の枝だったのか、私には分らなかった。
二人は後産を何枚かのプラタニージョの葉でくるみ、命の絶えた小さな体はもう一つ別の包みとしてくるんだ。そして、二つの包みをつるで一つにしばると、木の根元に置いた。
女たちが立ち上がり、その場を去ろうとしたので、私は茂みの陰に隠れようとした。けれど足が言うことを聞いてくれない。奇怪な悪夢を目の当たりにしているかのようで、あらゆる感情が自分の中から流れ出していく気がした。女たちは私を見た。二人の顔には驚きの表情がかすかに浮かんだが、後悔からくる痛みのかけらも、二人の目には見当たらなかった。
二人が立ち去るとすぐに、私はつるを解いた。葉の上に横たわる赤ん坊は女の子で、すでにこと切れていたが、まるで眠っているかのように見えた。**124**絹のような長い黒髪が濡れた頭に張り付いている。閉ざされた目は、まつ毛のない腫れたまぶたで覆われていた。蒼ざめて紫色がかった肌の上には、鼻と口から流れた血が乾いて跡を残し、不吉なオノトの模様を思わせた。私は赤ん坊の小さな握りこぶしを開いてみた。足の指の数も確かめたが、目に見える異常はなかった。
遅い午後の時間は、それ自体の持つ緩やかさで流れていった。裸足で歩く私の足元で、落ち葉はかさりとも音を立てない。夜のうちに湿ってしまうのだ。セイバの樹の葉が生い茂る枝を、風が分けた。幾千もの無関心な目が、緑のベール越しに私を見つめているような気がした。私は川まで歩いて下りると、倒木に腰を下ろした。その木はまだ枯れておらず、何本もの若い枝が光を求めて精一杯に伸び出している。私はその枝にそっと手で触れた。こおろぎの鳴き声が、私の涙をからかっている気がした。
煙の匂いが小屋から漂ってくる。時間も出来事も呑み込み、昼も夜も燃え続けるいくつもの焚き火に、私は苛立ちを覚えた。月は黒い雲に隠れ、川は嘆きのベールに覆われた。獣たちの立てる音が聞こえる。昼の眠りから目覚め、夜の森をうろつく獣たちだ。別に怖くはなかった。ただ早く眠りについて、目が覚めたら全てが夢だったと分ればいいのにと私は思った。
雲の切れ間に星がひとつ流れるのを見て、私は思わず微笑んだ。いつもなら素早く願いをかけるところだが、そのときは何も考えることができなかった。
リティミが私の首に腕を回すのを感じた。森の精霊のように音もなく、彼女は私の隣に腰を下ろした。口の両端に刺した白っぽい木の飾りが、闇のなかで黄金のようにきらめいた。彼女が何も言わずにそばにいてくれることが、私にはとてもありがたかった。
月を覆っていた雲を風が追い払い、私たちは青い光にうっすらと包まれた。カモシウェ老人が倒木の傍らにしゃがみ込み、一つだけの目で私をじっと見ていることに、その時はじめて気がついた。彼はゆっくりと一つ一つの言葉をはっきりと区切りながら話し始めたが、私はその言葉を聞いていなかった。老人は弓にすっかり体重を預けながら、シャボノまで自分について来いと身振りで示した。彼は自分の小屋の前で足を止めた。リティミと私は自分たちの小屋まで歩いていった。
**125**「たった一週間前のことじゃない、女も男も涙を流してたわ」私は自分のハンモックに腰を下ろすと言った。「カモシウェが死んじゃうと思って皆泣いてた。なのに今日、アラスウェの奥さんは産んだばかりの赤ちゃんを殺したのよ」
リティミは私に水をくれた。「まだお乳を欲しがる子どもがいるお母さんが、新しい赤ちゃんにお乳を上げられるかしら?」彼女はきっぱりと言った。「今まで元気に育ってきた子どもがいるっていうのに」
頭ではリティミの言うことは分った。アマゾンの先住民族の間で間引きが普通に行われていることは知っていた。子どもをもうける間隔として二年か三年の間を置くのが普通で、その間母親は子どもに母乳を与える。十分な量の母乳を子どもに与えるために、その間は新しい子どもをもうけないのだ。この期間に奇形の子や女の子が生まれた場合は、その子は殺されることになる。授乳期間中の子どもが生き延びる可能性を増やすためである。
しかし、気持ちの上では私はそうした事実を受け入れることができなかった。リティミは私の顔に手を添えて自分の方を向かせた。彼女は気持ちの高ぶりに目を潤ませ、唇を震わせた。「まだ空を見る前の赤ちゃんは、自分がやってきた場所に帰らなくちゃならないの」私たちの足元から始まり、空まで至る大きな黒い影を、彼女は腕を伸ばして指し示しながら言った。「雷の住むところへとね」

[続く]

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☆続きはこちらです。
[第11回]

2017年7月16日日曜日

09 フロリンダ・ドナー「シャボノ」 -- アマゾンの奥地・ヤノマミ族の暮らし


カルロス・カスタネダの呪術師仲間、フロリンダ・ドナーが描くアマゾン奥地のシャーマニズムの世界、「シャボノ」の翻訳、第9回めを公開します。
NHKの番組から劇場公開された「ヤノマミ~奥アマゾン-原初の森に生きる~-劇場版」でも描かれる、嬰児殺しの風習をもつヤノマミ族の物語です。

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フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第9回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙40枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第1回〜第8回はこちらです。
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[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします]

アマゾンの森の奥地で原初の生活をする先住民族ヤノマミの人たちの、日々の平和な暮らしの様子を、どうぞ、お楽しみください。

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第3部
**099**

第9章

作物を植え、種をまくことは基本的に男の仕事だったが、夫や父、兄弟が畑に朝行くときには、ほとんどの女たちが行動をともにした。ただ付いていくだけではなく、草取りを手伝い、新しく木が倒されれば薪を集めるのは女たちの仕事だった。
私は、数週間の間、エテワ、リティミ、トゥテミと一緒に彼らの畑に行った。草取りは時間もかかり大変な仕事だったが、全てが徒労にしか思えなかった。見る限り一向に効果がなかったからである。日射しと雨は、あらゆる植物の成長を別けへだてなく助け、人間の好みなど気にしてくれないのだ。
全ての家族は自分たちの畑の区画を持っており、区画は切り倒した木の幹で仕切られていた。エテワの畑はアラスウェの畑の隣である。アラスウェの畑はイティコテリの人々の中で一番大きなものだった。なにしろ祭りのとき客をもてなす食べ物はすべて首長の畑から提供されるのだ。
初めのうち私に区別がついたのは、プランテンと、数種類のバナナ、そして畑のあちこちに植えてある様々な種類の椰子くらいのものだった。椰子の木はその実を取るために育てられており、一本一本がそれを植えた者の持ち物となっていた。**100**絡み合う雑草の間に、マニオクやさつまいもなどの根菜類、様々なひょうたん、綿やタバコや魔法の植物が植えられているのを見つけては私は驚いたものだ。また、ピンクの花を咲かせ、赤い実をつける木が、畑にもシャボノの周りにも生やしてあるが、オノトのペーストはこの木から作られるのだった。
棘のついた赤いさやが房になっているのを切り落とし、殻を剥き、明るい真紅の色をした種を、それを取り巻く柔らかい実の部分と一緒に大きなひょうたんに入れ、水に浸す。それをかき混ぜ、砕いたあと、午後いっぱいかけてオノトは煮込まれる。一晩冷やしたあとで、半ば固まった塊を、穴を開けたバナナの葉を何枚か重ねたもので包み、小屋の垂木に結んで乾かす。数日後、赤いペーストは小さなひょうたんに移し替えられ、あとは使うのを待つばかりとなる。
エテワの畑の中には、リティミ、トゥテミ、エテワのそれぞれが自分用のタバコと魔法の植物を植える区画があった。タバコを植える区画は、他のみんなもそうだが、盗みに来るものから守るため、棒と鋭く尖らせた骨で囲んであった。タバコを勝手に取ることは許されなかった。そんなことがあれば揉めごとにつながった。リティミは魔法の植物のいくつかを私に教えてくれた。催淫効果のあるものや、身を守るためのものがあり、相手を攻撃するためのものもあった。エテワは自分の魔法の植物について話すことをせず、リティミもトゥテミもそれについては知らないふりをした。
一度エテワが球根を掘り出すのを見かけたことがある。次の日、狩りに出かける前に、エテワはその球根を潰したものを足に塗り込んでいた。その日の夕食はアルマジロの肉だった。「強力な植物ね」私は言った。エテワは戸惑った様子でしばらく私の顔を見つめ、それからにやりと笑うと答えた。「アドマの根は蛇に咬まれるのを防いでくれるんだ」
また別のときのことだが、私は畑でちびのシシウェと座り、食べられる蟻についてシシウェが詳しく説明してくれるのを聞いていた。**101**すると、シシウェの父であるエテワが、別の植物の根を掘り出すところを見かけた。エテワは根を潰すと、その汁をオノトと混ぜて自分の全身に塗りこんだ。「お父さんはペッカリを見つけるはずだよ」シシウェが囁いた。「獣ごとに魔法の植物があるんだ」
「猿にもあるの?」私は聞いた。
「猿には恐がらせるための叫びがあるんだ」シシウェは秘密を明かすように言った。「そうして猿が麻痺して逃げられなくなったところを、矢でしとめるのさ」
ある朝、私はリティミの姿を見かけたのだが、ちょうど私の体は、ひょうたんのつると雑草が絡まり合ったやぶの陰に隠れた状態だった。マニオクの、木質の枝と尖った葉、そして釣り鐘型の白い花の房の後ろに立っている、彼女の頭だけが見えた。彼女はひとり言を言っているようだった。何を言っているかは聞こえなかったが、唇は休みなく動いており、呪文でも唱えているかのようだった。タバコの草が速く育つように呪文をかけているのだろうか、それとも、隣のエテワのところからタバコの葉を少し拝借しようとしているのだろうかと私は考えた。
誰にも気づかれないように、リティミはゆっくりと自分のタバコの区画の真ん中へと戻っていった。枝と葉を折って取る様子には、明らかに急いでいることが見て取れた。辺りを見回してから、取った枝と葉をかごに入れると、バナナの葉でその上を覆った。笑いながら彼女は立ち上がり、少し迷ってから私の方に向かって歩き出した。
彼女の影が私の上に落ちるのを感じて、私は驚いたふりをして上を見上げた。
リティミはかごを地面に置くと、私の隣に座った。私は好奇心で一杯だったが、彼女が何をしていたのかと聞いても無駄なことも分かっていた。
「かごの中の束には触らないでね」少しすると、抑えることができずに笑いながら彼女は言った。「あなたが見てたのは知ってるの」
自分の顔が赤くなるのを感じながら、私は笑みを浮かべた。「エテワのタバコを少しもらったの?」
**102**「まさか」怖がるふりをして彼女は言った。「エテワは自分のタバコの葉っぱは全部知ってるんだから、一枚でもなくなったらすぐ気がつくわ」
「エテワの畑にいたように見えたから」私は何気なく言った。
かごの中のバナナの葉を持ち上げると、リティミは言った。「自分の畑にいたわよ。見て、オコ・シキの枝を少し取ってきたの。魔法の植物よ」彼女は囁いた。「これで強力な煎じ薬を作るの」
「誰かの治療でもするの?」
「治療ですって? 治療はシャポリしかできないのも知らないの?」頭を少し片方にかしげ、少し考えてから彼女は言葉を続けた。「祭りのときにエテワをたぶらかした女に呪文をかけてやるのよ」そう言って彼女は、にやりと笑った。
「エテワ用にも薬を用意したほうがいいんじゃない?」彼女の顔を見て、その表情の変りように私は驚いた。唇を真一文字に結び、目を細くして私をきっと睨んでいる。「だって、その女性もそうだけど、エテワも悪いんじゃないの?」彼女の問い詰めるような硬い表情に気まずさを感じて、私は言い訳でもするようにもごもごと言った。
「あの女がどんなに恥知らずにエテワをたぶらかしたか、見てなかったの?」リティミは憤慨して言った。「客として来た女たちが、どんなに破廉恥な振る舞いをしていたか、見てなかったとでも言いいたいの?」リティミは、滑稽と言ってもいいような大きなため息をつき、がっかりした様子を隠しようもなく言葉を足した。「あなたって時々、信じがたいほどのおばかさんになるのね」
私には何と言っていいのか、分からなかった。エテワがその女性と同罪であることは私には当然に思えた。少しは状況がよくなるかと思い、私は微笑んだ。初めて私が、エテワの浮気の現場に出くわしたのはまったくの偶然だった。私は、他のみんなと同じように、毎朝空が白む頃に小屋を出て用を足した。みんなが大便をするのに使っている場所よりももう少し森の奥まで、いつも私は行っていた。ある朝、私はかすかな呻き声を聞いてはっとした。怪我をした獣だろうと思い、出来る限り静かにその音の方へと這っていった。するとまったく驚いたことに、私の目に入ったのはイラマモウェの一番若い妻の上にエテワが乗っている姿だった。**103**エテワは私の顔を見ると、ばつが悪そうな笑みを浮かべたが、女の上で体は動かし続けていた。
その日しばらくして、エテワが森で見つけた蜂蜜を少し分けてくれた。蜂蜜は珍しいごちそうで、他の食べ物とは違い、気軽に人に分けるようなものではなかった。実のところ蜂蜜は大抵の場合みつけたところで食べてしまうのが普通だった。私は、口止め料を貰ったのだなと思いながら、エテワに感謝してそれを頂いた。
私にとって砂糖はいつも欲しくてたまらないものだった。イティコテリの人々がしているように蜂蜜を、蜂の巣や蜂、蜂の子、蛹や花粉と一緒に食べることにはもう慣れていた。エテワが蜂蜜を持って村に帰ってきたときにはいつも、私は彼の隣に座り、滴る蜂蜜の中に様々な変態の段階にある蜂たちが散りばめられているのを物欲しそうに見ながら、彼がいくらか分けてくれるのを待った。欲しいものを眼差しで要求したり、はっきり口にしてそれを手に入れることが正しい振る舞いであると、ようやく私が理解したのだと彼が思っているとは、私には思いもよらないことだった。彼の浮気を私が知っていることを思い出してもらいたくて、あるとき私は訊ねてみたことがある。浮気相手の夫が怒って、また頭を打ちに来るかもしれないのに恐くはないのかと。
エテワは全く驚いたといった様子で私を見た。「きみは全然分かってないんだな。でなくちゃ、そんなことを聞くはずがない」冷たい調子でそう言い、少しばかにしたような面持ちで、少年の集団の方に視線を転じた。少年たちは、もともとは矢じりだった竹のかけらを熱心に研いでいた。
似たような状況でエテワに出くわすことが何回かあり、いつも偶然というわけでもなかった。じきに分ったのは、夜明けは用を足すためだけの時間というわけではなく、安心して婚外活動に励むための時間でもあったということである。誰と誰が密通しているのかに私は深く関心を持った。前の晩のうちに合図を出し合い、カップルたちはあくる夜明けにはやぶの中に消えていくのだった。
**104**数時間後、何事もなかったかのように、カップルは別々の道を通って戻ってくるのだが、たいてい木の実か果物、蜂蜜などを手にしている。焚き木を抱えていることもあるほどだ。自分の女がしていることに気づいたときの夫の反応は、暴力的な場合もある。イラマモウェがしているのを見たことがあるように、女を殴ったり、殴るだけでは足りなくて、相手の男に棍棒を突きつける者もいる。他の者まで加わり大きな喧嘩になることもまれではなかった。
「なんで笑ってるのよ?」リティミの言葉で私の回想は遮られた。
「あなたの言った通りだからよ」私は言った。「私って時々、信じがたいほどのおばかさんになるもんね」エテワがしていることをリティミはすべて知っているのだということが、不意に分かった。多分シャボノの誰もが、何が起きているかについて知ってているのだ。最初のときエテワが私に蜂蜜をくれたのは、単なる偶然だったに違いない。疑いの目でもってそのことを考えていたものだから、自分が彼の共犯者だと思い込んでしまっただけなのだ。
リティミは私の首に両腕を巻きつけ、頬に何度も大きな音を立てながらキスをしてくれ、あなたはばかなんかじゃない、ただあまりに物を知らないだけなんだと、受け合ってくれた。エテワが誰と関係を持っているかが分かっている限り、彼の浮気についてそれほど気になるわけではないのだ、とリティミは説明してくれた。もちろん嬉しいことではないけれど、シャボノの中の話であれば、何とかなるという思いがリティミにはあった。エテワが別の村から三人目の妻を娶るのでないかと考えると、彼女は気が滅入るのだった。
「どうやってあの女に魔法をかけるの?」私は聞いた。「自分で煎じ薬を作るの?」
リティミは立ち上がると満足気に微笑んだ。「今それを言ったら魔法は効かなくなっちゃうわ」目に面白がるような色を浮かべ、言葉を切った。「魔法がうまくかかったら教えてあげる。ひょっとしてあなただって、いつか魔法のかけ方を知る必要が出てくるかもしれないし」
「その女を殺しちゃうの?」
「まさか。そんな度胸はないわ」彼女は言った。「あの女、流産するまで背中が痛むことになるのよ」**105**リティミは肩にかごをかけると、自分のタバコの畑の近くに残っている何本かの木のうちの一本に向かって歩き出した。「来て。川で水浴びをする前に少し休みましょう」
私は少し立ち止まって、疲れた足の筋肉を休めてから、彼女のあとを追った。リティミは地面に腰を下ろし、大きな木の幹に背をもたれさせていた。木は私たちと太陽の間に手のひらを広げるかのように葉を広げ、涼し気な木陰を作っていた。地面は落ち葉で覆われて柔らかい。私は頭をリティミのももに乗せて空を見上げた。とても青く、青白いと言ってもいいほどで、透き通るような色の空だった。風が私たちの後ろの籐の茂みをそよがせた。遅い朝の静けさの邪魔をするのは気が進まない、とでもいうような穏やかな風だった。
「こぶはもう直ったわね」リティミは私の髪の中、指を走らせて言った。「それに足の傷もすっかり消えた」からかうように言葉を足した。
まどろみながら私はうなずいた。大したこともない傷がもとで病気になるのではないかと心配する私を、前から彼女は笑っていたのだ。プリワリウェが安全な場所まで引っ張っていってくれたということ自体が、私が良くなることの証なのだと、彼女は受け合ってくれていた。それでも私は足の切り傷から感染することが心配で、彼女に毎日沸かしたお湯で洗ってくれるように頼んだのだった。ハヤマのお婆は更に予防として、自然の感染防止薬だという蟻の巣を焼いた粉を傷に刷り込んでくれた。刺激のあるその粉は、特に悪い影響もなく、傷はじきに直った。
目の前に広がる畑の風通しのよい広い空間を、半分閉じた目で私は眺めていた。畑の端の方から聞こえてくる叫び声に驚いて、私は目を開けた。バナナの葉の陰からイラマモウェが突然現れ、空へと続く道を行くかのように見えた。ラシャ椰子のとげの生えた幹を登っていく彼の動きを、私は呪文にかけられたかのように見守った。とげで怪我をしないように、二本の棒を交差させて結んだものを二組持ち、一組ずつ交互に幹の上に置きながら、彼は椰子の木を登っていた。**106**手慣れた様子で、一つの動きから次の動きへと滑らかに移っていく。交差させた棒の一組から一組へと立つ位置を変えては、もう一方の組を更に高い場所へと置き直し、やがてラシャの黄色い実が房になっているところまで辿り着いた。地面から六十フィートはあるに違いない。少しの間イラマモウェは、空を背景に銀色の弧を描く椰子の葉の陰に隠れた。実を切って取り、長いつるで巻いて重たい束にまとめると、それを地面に落とした。そしてゆっくりと地面へ向かって降り始め、緑のバナナの葉の間に姿を消した。
「私、茹でたラシャの実、好きだな、味があれの味に似てて……」そこまで言って私は、イティコテリの言葉でじゃがいもを何と言うのか知らないことに気がついた。私は体を起こした。リティミは頭を横に倒し、口を少し開いてすやすやと眠っていた。「水浴びに行こうよ」そう言って私は、草の葉で彼女の鼻をくすぐった。
リティミは私を見た。夢から覚めたばかりで自分がどこにいるか分らないといった顔をしていた。ゆっくりと立ち上がり、猫のようにあくびと伸びをした。「うん、行こう」そう言って、背中にかごを結んだ。「水を浴びて夢を洗い流すわ」
「悪い夢でも見たの?」
深刻そうな顔で私を見ると、彼女は前髪を掻きあげた。「山の中に一人で、あなたがいたの」夢の内容を思い出そうと努力しているかのように、彼女はぼんやりと言った。「あなたは怖がってはいなかったけど、泣いてたわ」彼女はじっと私を見つめ、そしてつけ加えた。「そしたらあなたに起こされたってわけ」
私たちが川へ向かって道を歩き出したところへ、エテワが後ろから走ってやってきた。「ピシャアンシの葉を取ってきてくれ」彼はリティミに言った。そして私の方を向いて言った。「きみはぼくと一緒に来るんだ」
私は森の中の新しく開かれた場所を彼のあとについて歩いた。切り倒した木々の木っ端の間に新しいプランテンの株が植えてあり、刈り込まれた葉がさや状に地面の上に顔を出していた。。十フィートから十二フィートほどの間隔が開けてあり、大きくなったときに葉が重なりはするが、互いに陰にならない程度になっている。**107**エテワ、イラマモウェなど、首長のアラスウェに近い血縁の者たちが手伝って、大きなプランテンの親株から株分けしたのは、ほんの数日前のことだ。木のつると厚い葉で作ったかごに背負いひもをつけて、重い株をいくつもこの新しい場所まで運んできたのである。
「蜂蜜でも見つけたの?」私は期待して聞いた。
「蜂蜜じゃないよ」エテワは言った。「だけど、同じくらいおいしいやつさ」アラスウェとその大きい方の息子二人が立っている方を、彼は指さした。バナナの老木を代わる代わる足で蹴っている。緑の葉が幾層にも重なった幹の間から、何百匹もの白っぽい幼虫がこぼれ落ちてきていた。
リティミがピシャアンシの葉を持ってくるとすぐに、少年たちはうごめく虫を拾って、その丈夫で大きな葉の上に乗せた。アラスウェは小さな火を起こした。息子の一人が楕円形の木片を地面に足でしっかり固定すると、アラスウェは手のひらで挟んだ錐を目を見張る速さで回転させた。白蟻の巣の上に乾いた小枝と棒が乗せておき、発火した木の粉でその巣に火をつけるのだ。
リティミはピシャアンシの葉が黒くこげ、ぱりぱりになる程度に軽く火にかざして幼虫を焼いた。エテワは焼けた包みを一つ開くと、人差指を唾で濡らし、その周りに火の通った幼虫をつけると、私に差し出した。「おいしいぞ」そう言って彼は勧めたが、私は顔を背けた。彼は肩をすくめ、自分の指をきれいに舐めた。
リティミは口いっぱいに頬張りながら、私に食べるようにうながした。「まだ食べてもないのに、どうして嫌いだなんていうのよ?」
私は灰色っぽく、まだ柔らかい幼虫の一匹を、親指と人差指でつまんで口に入れた。エスカルゴや火を通した牡蠣と同じようなものだと自分に言い聞かせたが、いざ飲み込もうとすると、舌にへばりついて飲み込むことができなかった。一旦口の中から出し、唾が十分に溜まるのを待ってから、薬でも飲むように一飲みにした。**108**「朝はプランテンしか食べれないのよ」エテワが虫の包みを私の方に差し出すので、私はそう言った。
「畑で働いてたんだろ?」彼は言った。「だったら食べなくちゃ。肉がないときにはこいつを食うに限るよ」そして、今まで何度も彼が取ってきた蟻やムカデを喜んで食べていたじゃないかと、彼は私に言った。
期待して見ている彼の顔を見ると、ムカデは小さく切って揚げた野菜と味こそ似ていたものの、どちらもこれっぽっちも好きではないのだということを、わざわざ彼に言う気にはならなかった。気は進まなかったが仕方なく、もう何匹か焼いた幼虫を無理矢理飲み込んだ。

リティミと私は男たちのあとについて川へ向かった。子どもたちが川の中で水を掛け合いながら、深い水溜りに落ちて溺れてしまった獏の歌を歌っていた。男たちと女たちは葉っぱで互いの体をこすり合った。彼らの体は太陽の光で、黄金色になめらかに輝いている。真っ直ぐな髪から滴り落ちる水の滴が光を反射して、ダイアモンドの首飾りのようにきらめいた。
ハヤマのお婆が私を手招きし、川の縁にある大きく滑らかな岩の上、自分の隣に座らせた。リティミの祖母であるこの人が、特別に私の面倒を見ることになったのだと私は思っていた。そして、私を太らせることが彼女の課題なのだった。シャボノの子どもたちが、よく食べることで、丈夫に健康に育てられるのと同様に、ハヤマのお婆は、一日中食べ物が絶えることがないようにと、私のために気を使ってくれるのだった。私が砂糖が欲しくてどうしようもないのを知って、彼女は大いに私を甘やかし、その気持ちを満たしてくれた。刺すことのない蜂が集める、濃くて甘い、色の薄い蜂蜜があり、子どもたちにはこの蜂蜜しか与えられないのだが、それを誰かが見つけたときには、私が少なくとも味見はできるように、ハヤマのお婆が取り計らってくれた。人を刺す黒い蜂の蜂蜜を誰かがシャボノに持ち帰ったときにも、やはりハヤマが私のために少しの量を確保してくれた。この蜜は、子どもに与えると吐き気を起こし、死に至ることもあるとイティコテリの人たちは信じており、大人しか食べられないものだ。**109**私が両方の種類を食べても特に問題はないのだと、イティコテリの人たちは考えていた。彼らにとって私は、大人とも子どもとも決めかねる存在だったからだ。
「ほら、お食べ」ハヤマのお婆はそう言って、ソパアの実をいくつか差し出した。緑がかった黄色をしており、レモンほどの大きさの実だ。私は石を使ってその実を割った。というのは、イティコテリの人たちの真似をして歯で木の実や果物を割ろうとして、歯が欠けてしまったことがあったからだ。白くて甘い果肉をすすり、茶色い種は吐き出した。粘つく果汁が指と手にへばりついた。
ちびのテショマが私の背中に上り、昼も夜も連れて歩いている小さなオマキザルを私の頭の上に乗っけた。猿が長い尻尾を、私の首に強く巻きつけ、息が苦しいほどだった。猿は毛むくじゃらの手の一方で私の髪につかまり、もう一方の手を私の顔の前に伸ばして、私が持っている実を取ろうと懸命だった。猿の毛やシラミが一緒に口に入るのは嫌だったので、私は体を振ってテショマと猿を落とそうとした。けれど、テショマも猿も、私が遊んでくれているものと思って、喜びの声を上げるだけだった。私は足を水の中に下ろし、Tシャツを頭の上にめくった。不意をつかれ、テショマと猿は私の体から飛び降りた。
子どもたちが私を砂の上に引っ張って倒し、私の横で転げ回った。くすくす笑いをしながら、一人ずつ順番に私の背中の上を歩いた。疲れて痛む筋肉の上を、子どもたちの小さくて冷たい足が踏んで歩くのは、とても気持ちがよかった。長い時間、畑で草取りをしたあと、肩、首、背中をマッサージしてくれるよう女たちに頼んでみたことがあるが、それは無駄だった。とても気持ちがよいのだと実際に何度かやってみせたが、女たちは、触ってもらうのは気持ちがよいけれど、マッサージはシャポリしかせず、病人や呪文をかけられた人間に対してするだけだと言うのだった。幸い、私が自分の背中の上を子どもたちに歩かせても、イティコテリの人たちは何も言わなかった。そんな野蛮な行ないが気持ちいいなどということは、彼らにはとても考えられないことだったのだ。
**110** トゥテミが砂の上、私の隣に座って、リティミに貰ったピシャアンシの包みを開いた。大きくなったお腹とよく張った胸が、きつく張った皮で吊られてでもいるかのように見えた。トゥテミは、痛みや吐き気を訴えることもなく、何かが特別欲しいと言ったりもしなかった。実のところ、お腹に子どもがいるときに女性が食べてはいけないとされるものは多く、そんなことで健康な赤ちゃんが産めるのだろうかと、たびたび思うほどだった。大きな獲物は食べることが許されず、たんぱく質を取れるものと言えば、昆虫、木の実、幼虫、魚、それから何種類かの小鳥だけだった。
「赤ちゃんはいつ生まれるの?」お腹の横を撫でながら、私は聞いた。
リティミは眉を寄せてしばらく考えてから言った。「今の月が来て行って、次の月が来て行って、そしてその次の月が来てそれが消える前に、丈夫な赤ちゃんが生まれるわ」
彼女の言っていることは合っているのだろうかと私は考えた。言うとおりなら、まだ三ヶ月先ということになる。けれども、私にはもういつ生まれてもおかしくないほどに見えた。
「川上に行くと魚がいるよ、あなたが好きな種類のやつ」微笑みながらトゥテミが言った。
「少し泳いで、それから一緒に魚を獲りに行くわ」
「わたしも一緒に泳ぎに行きたい」ちびのテショマがせがんだ。
「猿は置いてかなきゃダメよ」トゥテミが言った。
彼女はオマキザルをトゥテミの頭にとまらせると、私のあとを追って走ってきた。はしゃいで声を上げながら、水の中、彼女は私の肩につかまって背中に乗った。私は一かき一かきゆっくりと大きく手足を伸ばして泳ぎ、向こう岸の水溜りまで行った。
「川底までもぐってみたい?」私は聞いた。
「したい、したい」テショマは大きな声で言うと、濡れた小さな鼻を私の頬に擦りつけた。「目はちゃんと開けて、息はちゃんと止めて、おねえちゃんの首はしめないように、しっかりつかまるから」
水はそれほど深くなかった。**111**水溜りは木陰になっていたが、琥珀色の砂の上に、灰色、緋色、白の小石が散らばっているのがぼんやりと、しかし明るく輝いて見えた。首にテショマの手がしっかり巻きつけられているのを感じながら、私は素早く水面まで戻った。
「早く上がって」私たちの姿を見ると、トゥテミが大きな声で言った。「あなたたちを待ってたの」隣にいるリティミを指さして言った。
「シャボノに戻るところなの」リティミが言った。「カモシウェに会ったら、これを渡してちょうだい」幼虫の包みの最後の一つを、彼女は私に渡した。
よく踏みならされた道を、女たちと数人の男について私は歩いた。じき道の真中に立っているカモシウェに出くわした。自分の弓に寄りかかり、ぐっすり眠っているように見えた。私は包みを彼の足元に置いた。すると年老いたカモシウェは、いい方の目を開いた。明るい日差しに目を細めると、傷跡のある顔は歪んで、不気味なものに見えた。彼は幼虫の包みを拾い上げると、片方の足からもう一方の足に重心を変えながら、ゆっくりと食べ始めた。
カモシウェのあとについて、私たちは植物がよく茂った小さな丘を登っていった。彼の動きの素早さには目を見張るものがあった。彼は足元を見ることもなく、根やとげを避けて軽々と歩いた。
年老いて少しばかり縮んだ様子の彼は、私が知っている中で一番年を取って見える人物だった。髪の毛は、黒でも白でも灰色でもなく、はっきりしない色のウールのモップのようで、何年もくしを入れたことがないに違いなかった。けれど、その髪は短く、ちょくちょく刈っているようにも見えた。たぶんそれ以上伸びないのだろう、と私は考えた。彼のあごの不精ひげがいつも同じ長さなのと同じことだ。しわの刻まれた顔に残る傷跡は、彼の片目を奪った棍棒の一撃の名残だ。喋る声はほとんど呟きに過ぎず、何を言っているかは推測するしかなかった。
夜になると彼は、広場の真ん中に立ち、何時間も話すことがよくあった。子どもたちはその足元にしゃがみ込み、彼のためにつけられた焚き火に焚き木をくべた。**112**年老いたその声には、見かけからは信じられない力強さと優しさがあった。彼の言葉が夜の闇に放たれるとき、そこには急を要する響きがあり、戒めの意味合いや、惹きつけられる魅力が感じられた。「この老人の記憶の中にしまわれているのは、知恵と伝統の言葉だからな」ミラグロスがそう説明してくれたことがある。カモシウェがアンゲリカの父親であることを彼が教えてくれたのは、祭りのすぐあとのことだった。
「カモシウェがあなたのおじいさんだってこと?」信じられずに私は聞いたのだった。
「俺が生まれたときには、カモシウェはイティコテリの首長だった」ミラグロスはうなずきながら、そう言葉を続けた。
カモシウェはシャボノの入り口に近い小屋に一人で住んでいた。狩りも畑仕事ももうしなかったが、食べ物や薪に困ることはなかった。女たちが木の実や野いちご、焚き木を取りに畑や森に行くときには、彼も一緒に行った。カモシウェは、矢じりにつけたバナナの葉で顔に当たる日射しを遮り、弓に寄りかかって立ったまま、女たちが働く様子を見ているのだった。
時折り彼は宙で手を振った。鳥に向けてか、雲に向けてか、彼がイティコテリの誰かの魂だと信じるものに向かってのことだ。また時折り彼は一人笑った。けれど大抵は静かに立ったまま、夢を見ているか、それとも木々の葉をそよがす風の音に耳を傾けるかしていた。
イティコテリの人々の間にいるとき、彼が私の存在をわざわざ認めることはなかったが、片方だけの彼の目が私に向けられているのを感じることはしばしばあった。彼が私の居場所を確認しているのだとはっきり感じることもあり、それは、私が行動を共にしている女たちの集団に彼がいつもついてくることからしても間違いなかった。夕暮れ時、私が一人になろうと川に向かうときにも彼はそこにいて、私からそれほど遠くない場所にしゃがみこんでいるのだった。
私たちは両岸の間、川幅が広くなっているところで立ち止まった。黄色い砂の上に黒っぽい岩がいくつか、誰かがわざわざ左右対照に置いたかのように並んでいた。**113**日陰になっている水面は静かで、黒々とした鏡のように、巨大なマタパロスの木の気根を映していた。三十メートル近い高さから降りてくる何本もの気根が、きつく巻きつき、親となる木を締めつけていた。その死をもたらす気根の持ち主が、鳥によって小さな種を落とされ、最初に芽生えたのは、親木の一本の枝の上だったのだ。その親木が何の木なのか私には見分けがつかなかったが、悲劇的にも美しく曲げられた何本かの枝がとげだらけなのを見ると、パンヤノキだったのかもしれない。
何人かの女たちが、近くに生えているアラプリの木の枝を取って、浅い川に入っていった。女たちは水を打ち、甲高く耳に障る声が静けさを破った。驚いた魚は対岸の腐った草の下に逃げ場を求めたが、そこでは別の女たちが素手で魚を取ろうと待ち構えていた。女たちは魚の頭を噛み切り、まだ体をくねらせる魚を砂の上に置いたかごに投げ入れた。
「来て」首長の妻の一人が言った。私の手を取り、上流へと連れていく。「男たちの矢で、私たちの運を試すのよ」
女たちの集団は、武器を貸すようにと高い声で叫んで、一緒に来ていた男たち、少年たちを囲んだ。魚獲りは女の仕事と見なされていたので、男たちは一緒に来はしても、笑ったり野次を飛ばしたりするだけだったが、このときに限って、彼らは女たちに弓矢を使うことを許した。何人かの男が女に武器を渡し、間違って矢に当たったりしないようにと、川岸の安全なところへと急いで逃げた。まだ自分たちの中の誰も殺されていないことを、彼らは面とても白がって喜んだ。
「やってみろ」アラスウェはそう言って、自分の弓を私に渡した。
学校でアーチェリーをやったことがあったので、私は自分の腕には自信があった。けれど、彼の弓を受け取ると、それが無理であることがすぐに分かった。弓を引くことすらほとんどできず、短い矢を射ってみようにも腕の自由がきかなかったのだ。何度か試してみたものの一匹の魚も射ることができなかった。
**114**「何とも大胆な打ち方だな」カモシウェ老人はそう言うと、イラマモウェの息子の一人から小さい弓を借りて私に渡した。少年は何も言わなかったが、不満気に私をにらんだ。彼くらいの歳で、望んで女に弓を貸す者などいなかったのだ。
「もう一度やってみろ」カモシウェがうながした。彼の片方だけの目が、奇妙なほどに輝いていた。
少しもためらうことなく、私はもう一度弓を引いた。水面の下、輝く銀の魚が一瞬止まって見えたところに狙いを定めた。弓を引く力がふいになくなるのを感じ、矢が自然に放たれた。水を打つ矢の音がはっきり聞こえ、次に血が流れるのが見えた。女たちが歓声を上げながら、矢に射抜かれた魚を宙に掲げた。中くらいの鱒くらいの大きさの魚だった。私が武器を返すと、少年は驚きと賞賛の目で私を見た。
私はカモシウェ老人を探したが、もうどこかに行ってしまっていた。
「お前に小さい弓を作ってやろう」アラスウェが言った。「それと魚を射るのに使う細い矢をな」
男や女が周りに集まってきた。「その魚、本当にお前が仕留めたのか?」男の一人が聞いた。「もう一度やってくれ。見てなかったからな」
「この人がやったんだよ、この人がね」アラスウェの妻が、獲物を見せながら、受け合った。
「ア・ハハハハ」男たちは驚きの声を上げた。
「どこで弓矢の使い方を覚えたんだ?」アラスウェが聞いた。
学校とはどういうところなのか、自分にできる限りの説明を試みた。しかし、アラスウェの戸惑いの顔を見て、父親に習ったとでも言っておけばよかったと後悔した。二、三の文章だけでは説明できない事柄を説明しようとすると、私にとってだけではなく、聞いている相手にとっても、もどかしいことになってしまうことが何度もあった。適切な言葉を知らないということもあったが、彼らの言語にはある種の言葉がそもそも存在しないということから、難しさが生じるのだった。私が話せば話すほど、アラスウェの表情は混乱したものになっていった。**115** 彼は、がっかりした様子で眉を寄せながら、どうして弓矢の使い方を知っているのか、きちんと説明するようにと更に言った。ミラグロスが別の村に行っていなければなあと、私はため息をついた。
「鉄砲を扱うのがうまい白人なら何人か知っておる」アラスウェは言った。「しかし弓矢を使いこなす白人など一人も見たことがない」
矢が魚を射抜いたのはただの偶然だったのだし、別に大したことではなかったのだと、私は思って欲しかったが、アラスウェは私が先住民族の武器の使い方を確かに知っているとあくまでも言い張った。私の弓の構え方にはカモシウェも注目していたと、彼は大きな声で言うのだった。
学校とはどんなところなのかということは、どうにか伝えられたようだった。というのは、他に何を教わったのかを教えろと、彼らがせがんだからだ。ノートを文字で飾るやり方も学校で学んだことの一つだと言うと、彼らは大笑いをした。「きちんと教わらなかったんだろう」アラスウェは自信満々に言った。「お前の模様はまったくお粗末だ」
「マチェーテの作り方は知らないのか?」男の一人が聞いた。
「それには何百人も人が必要なの」私は言った。「マチェーテは工場で作られるのよ」分かってもらおうと一所懸命になればなるほど、私の舌はもつれた。「マチェーテを作るのは男だけなの」結局最後にそう言って、彼らに満足の行く説明がついたと、私は胸をなで下ろした。
「他には何を習った?」アラスウェが聞いた。
テープレコーダや懐中電灯など、何かそういった彼らをびっくりさせる物をもってきていないことが悔やまれた。そのとき、思い出したのが、数年間に渡って体操の練習をしたことがあるということだった。「宙を飛ぶことができるわ」私は特に考えずにぱっと言った。そして、砂地の浜をきれいにして正方形の場所を作り、魚で一杯のかごをその四隅に一つずつ置いた。「この中には誰も入ならいでね」私は自分専用の競技場の真ん中に立つと、好奇心も露わにして自分を取り巻いている、たくさんの顔を見回した。私が柔軟体操をし始めると、彼らは面白がって大きな笑い声を上げた。**116**砂には、床体操用のマットのような柔らかさはないが、着地を誤っても怪我をすることはないだろうと考えて私は自分を安心させた。私は何度か倒立、側転、そして前方と後方の倒立転回をし、最後に前方と後方の宙返りをした。演技を終えた体操選手の見事な着地、という具合にはいかなかったが、取り巻く観衆の称賛の顔に私は満足した。
「全く奇妙なことを教わっているものだ」アラスウェが言った。「もう一度やってみせろ」
「二回続けては無理よ」私は呼吸を整えようと砂の上に座った。たとえもう一度演技をしたいと思ったとしても、とてもできる状態ではなかった。
男も女も近づいてきて、興味津々の目を私に向けた。「他には何ができる?」男の一人が聞いた。
少しの間わたしは言葉に詰まった。もう十分やったと思ったのだ。けれどしばらく考えてから私は言った。「頭で座ることができるわ」
周りの皆は笑いに体を震わせて、涙が頬に流れるほどだった。「頭で座るだって!」彼らはそう繰り返し言っては、その度に新たな笑いの渦が起きるのだった。
前腕を地面に平らに付けると、合わせた手のひらの上に額を乗せ、私はゆっくりと体を持ち上げた。そしてバランスを確かめてから、宙で足を組んだ。笑いが止んだ。アラスウェが地面に平らに寝そべり、顔を私の顔に近づけた。そして、目尻にしわを寄せて私に微笑みかけた。「白い娘さんよ、お前さんのことをどう考えればいいのか、わしには分からん。けれど分かるのは、お前と一緒に森に行ったら、猿たちは動きを止めてお前を見入るに違いないということだ。呪文にかけられたように、じっとお前に見入ってる猿たちを、わしが弓で射っちまえるに違いない」皮膚の固くなった大きな手で、彼は私の顔に触れた。「もう普通に座ったらいい。オノトを塗ったように顔が真っ赤だ。お前の目玉が転がり落ちないかと心配だよ」

シャボノに戻るとトゥテミが、ピシャアンシの葉に包んで調理した魚の包みを一つ、私の前の地面に置いてくれた。**117**皆が驚いたが、私は魚のほうが、アルマジロやペッカリや猿の肉よりも好きだった。クロリの灰から作られるしょっぱい調味料とピシャアンシの葉の風味が、魚本来の味に辛味を加えてとてもおいしくなるのだ。
「お前が弓矢の使い方を習ったのは、父親の望みだったかのか?」アラスウェが私の隣のしゃがみ込んで聞いた。そして、私が答えるのを待たずに続けた。「お前が生まれたとき、父親は男の子が欲しかったのか?」
「そんなことはないと思うな。私が生まれてとても喜んでくれたし、もう二人の息子がいたし」
アラスウェは自分の前に置かれた包みを開けた。言葉ではうまく表すことができない謎について考えを巡らしているかのように、黙ったまま魚を葉っぱの真ん中に動かした。自分の魚を少し取るようにと、彼は身振りで示した。私は親指ともう二本の指で、大きめの魚の一切れを取り、口に入れた。私は腕に垂れた汁をなめ、舌が骨に当たると、魚の砕けやすい身は吐き出すことなく、骨だけを地面に吐き捨てた。こうすることは、イティコテリの作法に適うことだった。
「どうして矢の打ち方など習った?」アラスウェがじれったいとでも言うような調子で聞いた。
「いつかここに来ることになるって、私の中の何かが知ってたのかもしれない」考えることもなく、私は答えた。
「女は弓矢を使わんということも、知っとったらよかったのにな」私に軽く微笑むと、彼は魚を食べ始めた。

☆続きはこちらです。
[第10回]

2017年7月14日金曜日

08 フロリンダ・ドナー「シャボノ」 -- アマゾンの奥地・ヤノマミ族の暮らし


カルロス・カスタネダの呪術師仲間、フロリンダ・ドナーが描くアマゾン奥地のシャーマニズムの世界。「シャボノ」の翻訳、第8回めを公開します。
NHKの番組から劇場公開された「ヤノマミ~奥アマゾン-原初の森に生きる~-劇場版」でも描かれる、嬰児殺しの風習をもつヤノマミ族の物語です。

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フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第8回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙25枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第1回〜第7回はこちらです。
[第1回] | [第2回] | [第3回] | [第4回] | [第5回] | [第6回] | [第7回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします]

アマゾンの森の奥地で原初の生活をする、先住民族たちの祭りの風景を、どうぞ、お楽しみください。

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**086**
第8章

赤い夕陽が、燃えるような色合いに空気を染めていた。暗闇に素早く溶け込んでしまうまでのほんの数分の間だけ、空は燃え上がるのだった。祭りは三日目を迎えていた。私は、自分のハンモックの中から、エテワの子どもたち、アラスウェの子どもたちと一緒に、六十人ほどの男たちが踊るのを見ていた。イティコテリの者も訪問客も混ざり合って、食事も休みも取らずに、広場の真ん中で昼から踊り続けていた。鋭い叫びのリズムと、弓と矢を打ち鳴らす音に合わせ、男たちは一方に向かったかと思うと、次に逆向きに方向を変え、前に後ろに足を踏み出している。終わりのない音と動きが脈打ち続け、羽根と体の列が波のようにうねり、赤と黒の模様がぼやけて見えた。
やがて満月が梢の上まで上り、広場を皓々と照らした。止むことのない音と動きの間につかの間の静寂が訪れた。次の瞬間、踊り手たちは、弓と矢を脇に投げ出すと、喉を締めつけるような野蛮な叫び声を上げて、耳をつんざくばかりの音で辺りを一杯にした。
踊り手たちは小屋の中に駆け込んでくると、囲炉裏から火のついた薪をつかみ出し、狂ったような勢いでシャボノを支える柱に打ちつけた。ありとあらゆる種類の虫たちが、地面に雪崩を打って落ちてしまわないようにと、椰子葺きの屋根から身を守るために這いずり出してきた。
**087** 小屋が潰れてしまうのではないか、それとも火の粉が屋根に燃え移るのではないかと心配になり、私は子どもたちと一緒に外に走って逃げ出した。男たちがどしどしと歩くと、大地はその足元で揺れ、小屋にあるすべての囲炉裏が踏みにじられた。火のついた薪を頭の上高くで振り回しながら、男たちは広場の真ん中に駆け出していき、前よりも勢いを増した熱狂で再び踊り始めた。広場を丸く囲み、頭を前に後ろに振るその姿は、糸の切れた操り人形のようだった。汗で光る肩に、頭を飾る白く柔らかい羽根が舞った。
月が黒い雲の影に隠れると、広場を照らすのは火のついた薪が飛ばす火の粉だけだった。男たちの鋭い叫びは一層高くなり、棍棒を頭の上に振り上げながら、女たちを踊りに誘った。
叫び、笑いながら、女たちは前に後ろにと走り、打ち振られる薪を巧みによけた。黄色くなった椰子の実の房を高く掲げながら、若い娘たちが踊りの輪に加わると、佳境へと向けて踊り手たちの熱狂はいよいよ高まった。娘たちは自分たちを差し出すかのようにゆらゆらと体を揺らしている。
私の手をつかんで踊りの中に引っ張りこんだのがリティミだったのかどうか定かではない。というのも次の瞬間には、陶酔状態の顔が行ったり来たりする只中に、私は一人で立っていたからだ。無数の影と体の間に囚われてしまった私は、小屋の中、安心していられる場所に立っているハヤマのお婆のもとになんとか辿り着きたいと思ったが、どちらの方向へ進めばよいかも分らなかった。男が私を踊り手の間に押し戻した。頭の上で薪を振り回しているその男が誰なのかも分らなかった。
私は恐怖にかられて、叫び声を上げた。体の中を響き渡る無数の反響の中で、自分の力が尽き、自分の叫びがかき消されるのを感じた。**088**頭の横、耳のすぐ後ろに鋭い痛みを感じて、私は顔から地面に倒れた。目を開け、自分の周りで濃くなってくる影の向こう側を見ようとした。熱狂して宙を飛び跳ねる足の群れの持ち主たちは、その足元に私が倒れていることに気づいているのだろうかと、私はぼんやりと考えた。続いて闇が訪れ、ときどきいくつかの光の点が走って頭の中に入り、外に飛び出した。夜に光る土ボタルのようだった。
踊り手たちに踏み潰されないように、誰かがハンモックまで引きずっていってくれるのを、私はぼんやり感じていた。なんとか目を開けてみたが、自分の上を漂う姿はぼやけて誰だか分らなかった。二本の手が優しく、少し震えながら、顔と頭の後ろを触った。一瞬、アンゲリカの手だと思った。けれど、聞き間違えようのない、腹の底から響いてくるような声が聞こえてきて、助けてくれたのは老シャーマンのプリワリウェで、彼が唱いをしているのが分かった。目の焦点を合わせようとしたが、彼の顔は歪んだままで、何層もの水を通して見ているかのようだった。祭りの最初の日以来、彼を見かけていなかったので、どこに行っていたのか聞きたかったが、言葉は頭の中の映像にしかならなかった。
意識を失っていたのか、眠っていただけなのか、自分でも分からなかったが、目がさめた時にはプリワリウェはもうそこにいなかった。代わりにエテワが私をのぞき込んでいるのが見えた。あまりに近かったので、両頬、眉の間、そして両目の脇に描かれた赤い円に触れることができるほどだった。手を伸ばしたが、そこには誰もいなかった。私は目を閉じた。頭のなかで赤い円の模様が踊り、暗い虚空の中で赤いベールのように見えた。そのイメージが砕けて幾千ものかけらへと散っていくまで、私は一層強く目をつむった。焚き火が再び起こされた。小屋は心地よい暖かさで満たされ、煙でできた半透明の繭に包まれているような気がした。暗闇を背景に踊る影が、梁から吊るされたひょうたんの黄金色の表面に映って見えた。
幸せそうに笑いながら、ハヤマのお婆が小屋に入ってきて、私の横の地面に座った。「朝まで起きないと思ってたよ」彼女は両手を私の頭に当て、指で頭を探り、耳の後ろに瘤を見つけた。「こりゃ、大きい」彼女は言った。歳月の刻まれた容貌は、どこか遠くからくるような悲しみをたたえていたが、目には優しい光が灯っていた。
**089** 草の繊維のハンモックの中で私は体を起こした。そのときになって初めて、自分がエテワの小屋にいるのではないことに気がついた。
「イラマモウェの小屋だよ」ここがどこなのかと聞く前に、ハヤマが言った。「お前が男たちの一人の棍棒にぶつかって倒れたとき、一番近い小屋にプリワリウェが運んだのさ」
月は空高く上っていた。青白いその輝きが広場を満たしている。踊りは終わっていたが、耳には聞こえないうねりがまだ宙に漂っていた。
叫び声を上げ、弓矢を打ち鳴らしながら、一団の男たちが半円形を描いて小屋の正面に陣取っていた。興奮して激しく身振りをしている男たちの真ん中に、イラマモウェと訪問客の一人が進み出た。その客がどこの村の人間なのか私には分からなかった。祭りが始まってからというもの、様々な集団がやって来ては帰っていったが、そのそれぞれを見分けることが、私にはできなかったのだ。
イラマモウェは足を広げてどっしりとした姿勢を取り、左手を頭の上に上げ、胸をぐっと前に突き出した。「ハ、ハ、アハハ、アイタ、アイタ」そう叫ぶと、足で地面を踏み鳴らし、恐れを知らぬその声で相手に自分を打ってみろと挑発した。
若い客は、自分の腕の長さとイラマモウェの体までの距離を測りながら、間合いを直した。何回か素振りをしたのち、握り拳の力強い一撃をイラマモウェの左胸に食らわせた。
私は驚きに身を引いた。自分の胸に痛みが走ったかのように吐き気を感じた。「どうして戦ってるの?」ハヤマに聞いた。
「戦ってなどおらんさ」ハヤマは笑いながら答えた。「二人はヘクラスがどんな音を響かせるか聞こうとしてるのさ。一撃ごとに、自分たちの胸に住む命のみなもとであるヘクラスが、どんなふうに震えるかを聞きたがってるのさ」
**090** 群衆は熱い声援を送った。若い客は一歩退いて立ち、興奮して胸を上下させた。そしてもう一発、イラマモウェを拳で打った。イラマモウェは、まったく動じない眼差しで、顎をこれ見よがしに上げ、体には力を込めて立って、男たちの声援に答えた。三発目を受けて初めて、彼は姿勢を崩した。一瞬、唇を開き、楽しんでいるかのように、にやりと笑ったかと思うと、次の瞬間には再び、無関心と嘲りを示す唸り声を低く発した。絶え間なく打つ足の音は、この程度の打撃などほんの少しの不愉快以上のものではないことを示しているのだと、ハヤマが説明してくれた。相手はまだ十分な一撃を食らわせていないのだ。
不健全ではあるものの、倫理的には正しいと思える満足感を感じながら、イラマモウェが一撃ごとに痛みを味わうように、私は願った。彼はその報いに価すると思ったのだ。彼が自分の妻を殴るのを見て以来、彼に対する嫌悪感が私の中で育っていた。にも関わらず、彼が群衆の真ん中に立つ、勇敢な姿を見ると、私は称賛せずにはいられない気持ちになった。背筋を真っ直ぐに伸ばし、擦り傷のできた胸を前に突き出すその姿勢には、どこか子どもっぽい強がりも感じられた。彼は目の前の男を見つめていたが、その丸く平らな顔からは、狭い額と少しめくれた上唇とが相まって、とても傷つきやい印象を受けた。茶色い目がかすかにちらつくのは、彼が震えているせいなのだろうか、と私は考えた。
粉々に打ち砕くような強さで、四発目がイラマモウェの胸に打ち込まれた。嵐で岩が川を転げていくかのような音に、胸が打ち震えた。
「ヘクラスの音が聞こえたわ」そう言いながら、イラマモウェの肋骨が折れたに違いないと私は思った。
「彼こそワイテリだ」イティコテリの者も、その客たちも、声を合わせて叫んだ。他のものは目に入らないといった様子で、座ったまま上下に飛び跳ねながら、彼らは頭の上で弓矢を打ち鳴らした。
「まったく彼は勇敢な男さ」そう繰り返すハヤマの視線は、イラマモウェに釘付けになっていた。擦り傷のついた胸を誇らしげに膨らませながら、声援を送る男たちの真ん中に堂々と立つイラマモウェは、自分のヘクラスが力強く鳴り響いたことに満足している様子だった。
**091** 観衆を静めながら、首長のアラスウェが兄弟であるイラマモウェに向かって歩いた。「今度はお前がイラマモウェの拳を受ける番だ」四発の拳を放った若者にアラスウェは言った。
若者はイラマモウェの前で同じ受け身の姿勢を取った。イラマモウェの三発目を受けると、若者は口から血を流しながら地面に倒れた。
イラマモウェは宙に跳び上がると、倒れた男の周りを踊り回り始めた。顔も、力の入った首と肩の筋肉も、汗に濡れて光っていたが、力強いはっきりとした声で、喜びに溢れた叫びを上げた。「アイ・アイ・アイアイアイ、アイアイ!」
ハヤマと私が座っている場所の横の空いたハンモックに、訪問客の女が二人で傷ついた男を運んできた。一人は泣いていた。もう一人は男の上に体を屈め、口の血と唾を吸い出してやっていた。じきに男の息はゆっくりとした落ち着いたものになった。
イラマモウェは、また別の客に自分を打つよう挑戦していた。一発目の拳を受けると彼は地面にひざまずき、そのままの姿勢で相手に更に打つよう促した。次の一発を受けると彼は血を吐き捨てた。客はイラマモウェに向かい合ってしゃがみ込んだ。両腕を互いに相手に回し、二人は抱きしめ合った。
「お前はよく打った」イラマモウェは言った。ようやく聞き取れるほどの囁き声だった。「俺のヘクラスは命に溢れ、力強く、幸せだ。俺たちの血は流れた。いいことだ。俺たちの息子たちは丈夫に育つだろう。俺たちの作物も森の果実も甘く熟すに違いない」
客の側も同様の言葉を口にした。客は永遠の友情を誓い、大きな川の近くに住む先住民族から手に入れたマチェーテをイラマモウェに贈ることを約束した。
**092**「こいつはもう少し近くで見んと」そう言ってハヤマが小屋から出ていった。拳の儀式に次に出ようと輪の中に歩み出た者の中に、彼女の一番若い息子がいたからである。
傷ついた訪問客と一緒に、イラマモウェの小屋にはいたくないと私は思った。男を連れてきた二人の女は、自分たちの集団のシャーマンに、男の胸の傷の痛みを和らげる薬を用意してもらうために小屋から出ていっていた。
立ち上がると頭が回った。人気のない小屋をいくつも、ゆっくりと歩いて通り、ようやくエテワの小屋に辿り着いた。自分の綿のハンモックに入って体を伸ばすと、私は軽く意識を失うようかのように、奇妙な静寂に包み込まれた。
怒りに満ちた叫び声で、私は目が覚めた。「エテワ、断りなしに俺の女と寝たな」誰かが言った。その声はあまりに近く聞こえたので、私の耳に向けて言っているのかと思うほどだった。驚いて私は起き上がった。一団の男とくすくす笑う女たちが小屋の前に集まっている。エテワは群衆の真ん中で身じろぎもせずに立っていた。仮面のような顔からは何も読み取れなかったが、男の文句を否定もしなかった。突然、彼は叫んだ。「お前とお前の一族は、この三日間、腹ぺこの犬同様に食い続けたな」それは言いがかりとしか言いようのないセリフだった。祭りの間、招待者の畑と猟場は客のために提供され、客が頼んだものは何でも与えられるのが当たり前だったからだ。そのようなやり方で相手を侮辱するということには、相手が有利な立場にあることを暗に認める意味があった。「リティミ、俺のナブルシを持って来い」怒っている若者に、怒りの顔を向けながら、エテワは叫んだ。
泣きじゃくりながら、リティミが小屋に駆け込んできた。棍棒を手に取ると、夫の方を見もせずに、四フィートはある棍棒を渡した。「見てられない」そう言って彼女は私のハンモックに身をうずめた。私は慰めようと両手で彼女を抱いた。彼女がそれほど動揺していなかったら、私は笑い出してしまったに違いない。エテワの不実にはこれっぽっちも注意を払わず、その夜が真剣な決闘沙汰になってしまうのではないかと、そのことだけをリティミが心配していたからだ。**093**互いに叫びをぶつけ合う二人の怒れる男と、群衆の興奮した様子を見ているうちに、私は今度は警戒しなくてはという気持ちになってきた。
「俺の頭を打て」怒り狂う訪問客が言った。「男なら俺を打ってみろ。ともにまた笑うことができるかどうか、試してみようじゃないか。俺の怒りが過ぎ去るかどうか、見てみようじゃないか」
「俺たちは二人とも怒っている」手には重いナブルシを持ち、不遜な態度で決意の力を込め、エテワは叫んだ。「俺たちは怒りを治めなきゃならん」そして、それ以上の言葉はなしに、男の剃りあげた頭に力強い一撃を与えた。
傷口から血が吹き出し、ゆっくりと広がって男の顔を覆い、奇怪な仮面のようになった。男の足は震え、今にも倒れそうだったが、持ちこたえた。
「俺を打て。そうすれば俺たちはまた友だちになれる」エテワは攻撃的に叫び、どよめく観衆を静めた。そして自分の棍棒に寄りかかり、頭を低くして待った。男が打つと、エテワは一瞬意識を失ったようだった。額とまつ毛に血が流れ落ち、彼は目を閉じざるを得なかった。男たちの爆発的な歓声が沈黙を破り、二人にもう一発ずつ打ち合うように、声を一つにして叫び、要求した。
半ば魅了され、半ば不愉快な気持ちになりながら、向かい合って立つ二人の男を私は見守った。二人の筋肉には力がみなぎり、首の静脈は膨れ上がり、目はぎらぎらと輝いていた。怒りの血流が二人を若返らせたかのようだった。蔑みの色を浮かべる赤い仮面となった二人の顔には、苦痛を感じている様子は全くなく、傷ついた雄鶏のように互いに相手の周りをゆっくりと歩いた。
手の甲で視界を邪魔する血を拭うとエテワは唾を吐いた。棍棒を持ち上げ相手の頭に落とす。すると相手は音もなく地面に倒れた。
舌を打ち鳴らし、目は半ば泳がせて、観衆は恐ろしげな叫びを上げた。**094**耳をつんざく彼らの歓声がシャボノ全体を満たすにつれ、喧嘩が始まるに違いないと私は確信した。リティミの腕にすがりついた私は、彼女の表情に気づいて驚いた。涙のあとを残す彼女の顔は、今の状況に満足して、幸せといってもいいくらいの表情を浮かべていたのである。彼女の説明することには、男たちの叫びの調子で、観衆はもう最初の侮辱には関心がないことが分かるというのだった。今や彼らの関心は、それぞれのヘクラスの強さを見ることにあった。もうそこには勝ちも負けもない。戦っているものが倒れたとすれば、それはその男のヘクラスがそのとき十分な強さを持っていなかったということを意味するのだという。
うつ伏せに倒れている若者に、観衆の一人がひょうたん一杯の水をかけ、男の耳を引っ張り、顔の血を拭ってやった。そして立ち上がるのを助けてやり、半ば意識の朦朧とした男に棍棒を握らせると、エテワの頭をもう一度打つよう促した。男には重い棍棒を持ち上げるだけの力がなく、棍棒はエテワの頭ではなく、胸を打った。
エテワは膝をついた。口から血が流れ、唇、あご、喉としたたり、胸と太ももにその跡をつけ、地面にまで滴り落ちた。「よく打った」エテワはくぐもった声で言った。「俺たちの間にもういさかいはない。俺たちの怒りは鎮められた」
リティミがエテワのもとに走った。私は大きくため息をついてハンモックに倒れこみ、目を閉じた。一晩のうちに十分すぎるほどの血を見てしまった。私は頭の腫れた部分を探り、軽い脳震盪を起こしたのかなと考えた。
ハンモックを小屋の柱に結んでいる木のつるでできた縄に、誰かがつかまった勢いで、私は危うくハンモックから落ちそうになった。驚いて見上げると、エテワの血に染まった顔があった。私がいるのが分からなかったのか、どこに寝たらいいのか考える余裕がなかったのか、彼は私の上に倒れ込んできた。生暖かく、鼻を突くような血のにおいが、きつい体臭と混ざり合っていた。私は嫌悪感と好奇心をないまぜに感じて、まだ血を流している頭の大きな傷口と、紫に腫れた胸から目を離すことができなかった。エテワの重い体の下から、どうやって自分の足を抜こうかと考えているところへ、火にかけて暖めたお湯の入ったひょうたんを持ってリティミが入ってきた。**095**リティミは手慣れた様子でエテワの体を半ば持ち上げ、ハンモックの中、彼の後ろ側にずれるよう私に身振りで示し、私の上げた膝に彼の体をもたせかけた。リティミは優しくエテワの顔と胸をきれいにしてやった。
エテワは二五歳くらいだろう。けれど、湿った前髪が額に張りつき、唇が少し開いているその姿を見ると、眠りについた子どものように頼りなげに見えた。体の内側に受けた傷で死んでしまうのではないかという考えが浮かんだ。
「明日にはよくなるわ」私の考えを察したかのように、リティミが言った。そして、彼女は静かに笑い出した。その笑いには、秘密を楽しむ子どものような響きがあった。「血が流れるのはいいことなの。彼のヘクラスは強いんだから。彼はワイテリよ」
リティミが褒めるのを聞いて喜び、エテワが目を開いた。私の顔を見ながら何か言ったが、聞き取れなかった。
「ええ、確かにワイテリね」私はリティミの言葉にうなづいた。
少しすると、黒っぽい暖かい飲み物を持ってトゥテミがやってきた。
「何なの、それ?」私は聞いた。
「薬よ」トゥテミはそう言って、笑った。彼女は指を一本、その煎じ薬に入れると、私の唇にその指を当てた。「プリワリウェが木の根と魔法の草で作ってくれたの」苦いその薬をエテワに飲ませながら、彼女の目は満足の色で輝いていた。血は流れたのだ。丈夫で健康な息子を授かることを確信したに違いない。
リティミは私の足の様子も見てくれた。プリワリウェが広場を引きずったときに、切り傷や擦り傷ができていたのだ。彼女は残っていたお湯で私の足もきれいに洗ってくれた。草の繊維で作られているため寝心地がよくはないエテワのハンモックに、私は横になった。
月が黄色い暈に包まれて、木々の作る地平線に差しかかろうとしていた。広場で踊り歌う男たちは、もうわずかしかいなかった。雲が月を隠し、何もかもが薄闇に包まれてぼんやりとした。もう甲高さはなく、小さなつぶやき程度の声だけが、男たちがまだそこにいることを示していた。**096**月が今いちど姿を現し、青白い光で木々の梢を照らした。茶色の肌の人影が暗闇を背景に浮かび上がり、長く伸びる体の影が、弓矢を打ち鳴らす音に存在感を与えた。

[続く]

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