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2017年7月14日金曜日

08 フロリンダ・ドナー「シャボノ」 -- アマゾンの奥地・ヤノマミ族の暮らし


カルロス・カスタネダの呪術師仲間、フロリンダ・ドナーが描くアマゾン奥地のシャーマニズムの世界。「シャボノ」の翻訳、第8回めを公開します。
NHKの番組から劇場公開された「ヤノマミ~奥アマゾン-原初の森に生きる~-劇場版」でも描かれる、嬰児殺しの風習をもつヤノマミ族の物語です。

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フロリンダ・ドナー「シャボノ」那賀乃とし兵衛訳、第8回
Frolinda Donner "Shabono" 1982 a Laurel Book
[今回は、四百字詰め原稿用紙25枚ほどの分量です]

☆この作品の簡単な紹介はこちらにあります。
[本の紹介: フロリンダ・ドナー「シャボノ」]

☆第1回〜第7回はこちらです。
[第1回] | [第2回] | [第3回] | [第4回] | [第5回] | [第6回] | [第7回]

[この試訳は編集中のものですが、ネット上で公開することにより、多くの方からのご意見をいただけたらと考え、こちらに置くことにします]

アマゾンの森の奥地で原初の生活をする、先住民族たちの祭りの風景を、どうぞ、お楽しみください。

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**086**
第8章

赤い夕陽が、燃えるような色合いに空気を染めていた。暗闇に素早く溶け込んでしまうまでのほんの数分の間だけ、空は燃え上がるのだった。祭りは三日目を迎えていた。私は、自分のハンモックの中から、エテワの子どもたち、アラスウェの子どもたちと一緒に、六十人ほどの男たちが踊るのを見ていた。イティコテリの者も訪問客も混ざり合って、食事も休みも取らずに、広場の真ん中で昼から踊り続けていた。鋭い叫びのリズムと、弓と矢を打ち鳴らす音に合わせ、男たちは一方に向かったかと思うと、次に逆向きに方向を変え、前に後ろに足を踏み出している。終わりのない音と動きが脈打ち続け、羽根と体の列が波のようにうねり、赤と黒の模様がぼやけて見えた。
やがて満月が梢の上まで上り、広場を皓々と照らした。止むことのない音と動きの間につかの間の静寂が訪れた。次の瞬間、踊り手たちは、弓と矢を脇に投げ出すと、喉を締めつけるような野蛮な叫び声を上げて、耳をつんざくばかりの音で辺りを一杯にした。
踊り手たちは小屋の中に駆け込んでくると、囲炉裏から火のついた薪をつかみ出し、狂ったような勢いでシャボノを支える柱に打ちつけた。ありとあらゆる種類の虫たちが、地面に雪崩を打って落ちてしまわないようにと、椰子葺きの屋根から身を守るために這いずり出してきた。
**087** 小屋が潰れてしまうのではないか、それとも火の粉が屋根に燃え移るのではないかと心配になり、私は子どもたちと一緒に外に走って逃げ出した。男たちがどしどしと歩くと、大地はその足元で揺れ、小屋にあるすべての囲炉裏が踏みにじられた。火のついた薪を頭の上高くで振り回しながら、男たちは広場の真ん中に駆け出していき、前よりも勢いを増した熱狂で再び踊り始めた。広場を丸く囲み、頭を前に後ろに振るその姿は、糸の切れた操り人形のようだった。汗で光る肩に、頭を飾る白く柔らかい羽根が舞った。
月が黒い雲の影に隠れると、広場を照らすのは火のついた薪が飛ばす火の粉だけだった。男たちの鋭い叫びは一層高くなり、棍棒を頭の上に振り上げながら、女たちを踊りに誘った。
叫び、笑いながら、女たちは前に後ろにと走り、打ち振られる薪を巧みによけた。黄色くなった椰子の実の房を高く掲げながら、若い娘たちが踊りの輪に加わると、佳境へと向けて踊り手たちの熱狂はいよいよ高まった。娘たちは自分たちを差し出すかのようにゆらゆらと体を揺らしている。
私の手をつかんで踊りの中に引っ張りこんだのがリティミだったのかどうか定かではない。というのも次の瞬間には、陶酔状態の顔が行ったり来たりする只中に、私は一人で立っていたからだ。無数の影と体の間に囚われてしまった私は、小屋の中、安心していられる場所に立っているハヤマのお婆のもとになんとか辿り着きたいと思ったが、どちらの方向へ進めばよいかも分らなかった。男が私を踊り手の間に押し戻した。頭の上で薪を振り回しているその男が誰なのかも分らなかった。
私は恐怖にかられて、叫び声を上げた。体の中を響き渡る無数の反響の中で、自分の力が尽き、自分の叫びがかき消されるのを感じた。**088**頭の横、耳のすぐ後ろに鋭い痛みを感じて、私は顔から地面に倒れた。目を開け、自分の周りで濃くなってくる影の向こう側を見ようとした。熱狂して宙を飛び跳ねる足の群れの持ち主たちは、その足元に私が倒れていることに気づいているのだろうかと、私はぼんやりと考えた。続いて闇が訪れ、ときどきいくつかの光の点が走って頭の中に入り、外に飛び出した。夜に光る土ボタルのようだった。
踊り手たちに踏み潰されないように、誰かがハンモックまで引きずっていってくれるのを、私はぼんやり感じていた。なんとか目を開けてみたが、自分の上を漂う姿はぼやけて誰だか分らなかった。二本の手が優しく、少し震えながら、顔と頭の後ろを触った。一瞬、アンゲリカの手だと思った。けれど、聞き間違えようのない、腹の底から響いてくるような声が聞こえてきて、助けてくれたのは老シャーマンのプリワリウェで、彼が唱いをしているのが分かった。目の焦点を合わせようとしたが、彼の顔は歪んだままで、何層もの水を通して見ているかのようだった。祭りの最初の日以来、彼を見かけていなかったので、どこに行っていたのか聞きたかったが、言葉は頭の中の映像にしかならなかった。
意識を失っていたのか、眠っていただけなのか、自分でも分からなかったが、目がさめた時にはプリワリウェはもうそこにいなかった。代わりにエテワが私をのぞき込んでいるのが見えた。あまりに近かったので、両頬、眉の間、そして両目の脇に描かれた赤い円に触れることができるほどだった。手を伸ばしたが、そこには誰もいなかった。私は目を閉じた。頭のなかで赤い円の模様が踊り、暗い虚空の中で赤いベールのように見えた。そのイメージが砕けて幾千ものかけらへと散っていくまで、私は一層強く目をつむった。焚き火が再び起こされた。小屋は心地よい暖かさで満たされ、煙でできた半透明の繭に包まれているような気がした。暗闇を背景に踊る影が、梁から吊るされたひょうたんの黄金色の表面に映って見えた。
幸せそうに笑いながら、ハヤマのお婆が小屋に入ってきて、私の横の地面に座った。「朝まで起きないと思ってたよ」彼女は両手を私の頭に当て、指で頭を探り、耳の後ろに瘤を見つけた。「こりゃ、大きい」彼女は言った。歳月の刻まれた容貌は、どこか遠くからくるような悲しみをたたえていたが、目には優しい光が灯っていた。
**089** 草の繊維のハンモックの中で私は体を起こした。そのときになって初めて、自分がエテワの小屋にいるのではないことに気がついた。
「イラマモウェの小屋だよ」ここがどこなのかと聞く前に、ハヤマが言った。「お前が男たちの一人の棍棒にぶつかって倒れたとき、一番近い小屋にプリワリウェが運んだのさ」
月は空高く上っていた。青白いその輝きが広場を満たしている。踊りは終わっていたが、耳には聞こえないうねりがまだ宙に漂っていた。
叫び声を上げ、弓矢を打ち鳴らしながら、一団の男たちが半円形を描いて小屋の正面に陣取っていた。興奮して激しく身振りをしている男たちの真ん中に、イラマモウェと訪問客の一人が進み出た。その客がどこの村の人間なのか私には分からなかった。祭りが始まってからというもの、様々な集団がやって来ては帰っていったが、そのそれぞれを見分けることが、私にはできなかったのだ。
イラマモウェは足を広げてどっしりとした姿勢を取り、左手を頭の上に上げ、胸をぐっと前に突き出した。「ハ、ハ、アハハ、アイタ、アイタ」そう叫ぶと、足で地面を踏み鳴らし、恐れを知らぬその声で相手に自分を打ってみろと挑発した。
若い客は、自分の腕の長さとイラマモウェの体までの距離を測りながら、間合いを直した。何回か素振りをしたのち、握り拳の力強い一撃をイラマモウェの左胸に食らわせた。
私は驚きに身を引いた。自分の胸に痛みが走ったかのように吐き気を感じた。「どうして戦ってるの?」ハヤマに聞いた。
「戦ってなどおらんさ」ハヤマは笑いながら答えた。「二人はヘクラスがどんな音を響かせるか聞こうとしてるのさ。一撃ごとに、自分たちの胸に住む命のみなもとであるヘクラスが、どんなふうに震えるかを聞きたがってるのさ」
**090** 群衆は熱い声援を送った。若い客は一歩退いて立ち、興奮して胸を上下させた。そしてもう一発、イラマモウェを拳で打った。イラマモウェは、まったく動じない眼差しで、顎をこれ見よがしに上げ、体には力を込めて立って、男たちの声援に答えた。三発目を受けて初めて、彼は姿勢を崩した。一瞬、唇を開き、楽しんでいるかのように、にやりと笑ったかと思うと、次の瞬間には再び、無関心と嘲りを示す唸り声を低く発した。絶え間なく打つ足の音は、この程度の打撃などほんの少しの不愉快以上のものではないことを示しているのだと、ハヤマが説明してくれた。相手はまだ十分な一撃を食らわせていないのだ。
不健全ではあるものの、倫理的には正しいと思える満足感を感じながら、イラマモウェが一撃ごとに痛みを味わうように、私は願った。彼はその報いに価すると思ったのだ。彼が自分の妻を殴るのを見て以来、彼に対する嫌悪感が私の中で育っていた。にも関わらず、彼が群衆の真ん中に立つ、勇敢な姿を見ると、私は称賛せずにはいられない気持ちになった。背筋を真っ直ぐに伸ばし、擦り傷のできた胸を前に突き出すその姿勢には、どこか子どもっぽい強がりも感じられた。彼は目の前の男を見つめていたが、その丸く平らな顔からは、狭い額と少しめくれた上唇とが相まって、とても傷つきやい印象を受けた。茶色い目がかすかにちらつくのは、彼が震えているせいなのだろうか、と私は考えた。
粉々に打ち砕くような強さで、四発目がイラマモウェの胸に打ち込まれた。嵐で岩が川を転げていくかのような音に、胸が打ち震えた。
「ヘクラスの音が聞こえたわ」そう言いながら、イラマモウェの肋骨が折れたに違いないと私は思った。
「彼こそワイテリだ」イティコテリの者も、その客たちも、声を合わせて叫んだ。他のものは目に入らないといった様子で、座ったまま上下に飛び跳ねながら、彼らは頭の上で弓矢を打ち鳴らした。
「まったく彼は勇敢な男さ」そう繰り返すハヤマの視線は、イラマモウェに釘付けになっていた。擦り傷のついた胸を誇らしげに膨らませながら、声援を送る男たちの真ん中に堂々と立つイラマモウェは、自分のヘクラスが力強く鳴り響いたことに満足している様子だった。
**091** 観衆を静めながら、首長のアラスウェが兄弟であるイラマモウェに向かって歩いた。「今度はお前がイラマモウェの拳を受ける番だ」四発の拳を放った若者にアラスウェは言った。
若者はイラマモウェの前で同じ受け身の姿勢を取った。イラマモウェの三発目を受けると、若者は口から血を流しながら地面に倒れた。
イラマモウェは宙に跳び上がると、倒れた男の周りを踊り回り始めた。顔も、力の入った首と肩の筋肉も、汗に濡れて光っていたが、力強いはっきりとした声で、喜びに溢れた叫びを上げた。「アイ・アイ・アイアイアイ、アイアイ!」
ハヤマと私が座っている場所の横の空いたハンモックに、訪問客の女が二人で傷ついた男を運んできた。一人は泣いていた。もう一人は男の上に体を屈め、口の血と唾を吸い出してやっていた。じきに男の息はゆっくりとした落ち着いたものになった。
イラマモウェは、また別の客に自分を打つよう挑戦していた。一発目の拳を受けると彼は地面にひざまずき、そのままの姿勢で相手に更に打つよう促した。次の一発を受けると彼は血を吐き捨てた。客はイラマモウェに向かい合ってしゃがみ込んだ。両腕を互いに相手に回し、二人は抱きしめ合った。
「お前はよく打った」イラマモウェは言った。ようやく聞き取れるほどの囁き声だった。「俺のヘクラスは命に溢れ、力強く、幸せだ。俺たちの血は流れた。いいことだ。俺たちの息子たちは丈夫に育つだろう。俺たちの作物も森の果実も甘く熟すに違いない」
客の側も同様の言葉を口にした。客は永遠の友情を誓い、大きな川の近くに住む先住民族から手に入れたマチェーテをイラマモウェに贈ることを約束した。
**092**「こいつはもう少し近くで見んと」そう言ってハヤマが小屋から出ていった。拳の儀式に次に出ようと輪の中に歩み出た者の中に、彼女の一番若い息子がいたからである。
傷ついた訪問客と一緒に、イラマモウェの小屋にはいたくないと私は思った。男を連れてきた二人の女は、自分たちの集団のシャーマンに、男の胸の傷の痛みを和らげる薬を用意してもらうために小屋から出ていっていた。
立ち上がると頭が回った。人気のない小屋をいくつも、ゆっくりと歩いて通り、ようやくエテワの小屋に辿り着いた。自分の綿のハンモックに入って体を伸ばすと、私は軽く意識を失うようかのように、奇妙な静寂に包み込まれた。
怒りに満ちた叫び声で、私は目が覚めた。「エテワ、断りなしに俺の女と寝たな」誰かが言った。その声はあまりに近く聞こえたので、私の耳に向けて言っているのかと思うほどだった。驚いて私は起き上がった。一団の男とくすくす笑う女たちが小屋の前に集まっている。エテワは群衆の真ん中で身じろぎもせずに立っていた。仮面のような顔からは何も読み取れなかったが、男の文句を否定もしなかった。突然、彼は叫んだ。「お前とお前の一族は、この三日間、腹ぺこの犬同様に食い続けたな」それは言いがかりとしか言いようのないセリフだった。祭りの間、招待者の畑と猟場は客のために提供され、客が頼んだものは何でも与えられるのが当たり前だったからだ。そのようなやり方で相手を侮辱するということには、相手が有利な立場にあることを暗に認める意味があった。「リティミ、俺のナブルシを持って来い」怒っている若者に、怒りの顔を向けながら、エテワは叫んだ。
泣きじゃくりながら、リティミが小屋に駆け込んできた。棍棒を手に取ると、夫の方を見もせずに、四フィートはある棍棒を渡した。「見てられない」そう言って彼女は私のハンモックに身をうずめた。私は慰めようと両手で彼女を抱いた。彼女がそれほど動揺していなかったら、私は笑い出してしまったに違いない。エテワの不実にはこれっぽっちも注意を払わず、その夜が真剣な決闘沙汰になってしまうのではないかと、そのことだけをリティミが心配していたからだ。**093**互いに叫びをぶつけ合う二人の怒れる男と、群衆の興奮した様子を見ているうちに、私は今度は警戒しなくてはという気持ちになってきた。
「俺の頭を打て」怒り狂う訪問客が言った。「男なら俺を打ってみろ。ともにまた笑うことができるかどうか、試してみようじゃないか。俺の怒りが過ぎ去るかどうか、見てみようじゃないか」
「俺たちは二人とも怒っている」手には重いナブルシを持ち、不遜な態度で決意の力を込め、エテワは叫んだ。「俺たちは怒りを治めなきゃならん」そして、それ以上の言葉はなしに、男の剃りあげた頭に力強い一撃を与えた。
傷口から血が吹き出し、ゆっくりと広がって男の顔を覆い、奇怪な仮面のようになった。男の足は震え、今にも倒れそうだったが、持ちこたえた。
「俺を打て。そうすれば俺たちはまた友だちになれる」エテワは攻撃的に叫び、どよめく観衆を静めた。そして自分の棍棒に寄りかかり、頭を低くして待った。男が打つと、エテワは一瞬意識を失ったようだった。額とまつ毛に血が流れ落ち、彼は目を閉じざるを得なかった。男たちの爆発的な歓声が沈黙を破り、二人にもう一発ずつ打ち合うように、声を一つにして叫び、要求した。
半ば魅了され、半ば不愉快な気持ちになりながら、向かい合って立つ二人の男を私は見守った。二人の筋肉には力がみなぎり、首の静脈は膨れ上がり、目はぎらぎらと輝いていた。怒りの血流が二人を若返らせたかのようだった。蔑みの色を浮かべる赤い仮面となった二人の顔には、苦痛を感じている様子は全くなく、傷ついた雄鶏のように互いに相手の周りをゆっくりと歩いた。
手の甲で視界を邪魔する血を拭うとエテワは唾を吐いた。棍棒を持ち上げ相手の頭に落とす。すると相手は音もなく地面に倒れた。
舌を打ち鳴らし、目は半ば泳がせて、観衆は恐ろしげな叫びを上げた。**094**耳をつんざく彼らの歓声がシャボノ全体を満たすにつれ、喧嘩が始まるに違いないと私は確信した。リティミの腕にすがりついた私は、彼女の表情に気づいて驚いた。涙のあとを残す彼女の顔は、今の状況に満足して、幸せといってもいいくらいの表情を浮かべていたのである。彼女の説明することには、男たちの叫びの調子で、観衆はもう最初の侮辱には関心がないことが分かるというのだった。今や彼らの関心は、それぞれのヘクラスの強さを見ることにあった。もうそこには勝ちも負けもない。戦っているものが倒れたとすれば、それはその男のヘクラスがそのとき十分な強さを持っていなかったということを意味するのだという。
うつ伏せに倒れている若者に、観衆の一人がひょうたん一杯の水をかけ、男の耳を引っ張り、顔の血を拭ってやった。そして立ち上がるのを助けてやり、半ば意識の朦朧とした男に棍棒を握らせると、エテワの頭をもう一度打つよう促した。男には重い棍棒を持ち上げるだけの力がなく、棍棒はエテワの頭ではなく、胸を打った。
エテワは膝をついた。口から血が流れ、唇、あご、喉としたたり、胸と太ももにその跡をつけ、地面にまで滴り落ちた。「よく打った」エテワはくぐもった声で言った。「俺たちの間にもういさかいはない。俺たちの怒りは鎮められた」
リティミがエテワのもとに走った。私は大きくため息をついてハンモックに倒れこみ、目を閉じた。一晩のうちに十分すぎるほどの血を見てしまった。私は頭の腫れた部分を探り、軽い脳震盪を起こしたのかなと考えた。
ハンモックを小屋の柱に結んでいる木のつるでできた縄に、誰かがつかまった勢いで、私は危うくハンモックから落ちそうになった。驚いて見上げると、エテワの血に染まった顔があった。私がいるのが分からなかったのか、どこに寝たらいいのか考える余裕がなかったのか、彼は私の上に倒れ込んできた。生暖かく、鼻を突くような血のにおいが、きつい体臭と混ざり合っていた。私は嫌悪感と好奇心をないまぜに感じて、まだ血を流している頭の大きな傷口と、紫に腫れた胸から目を離すことができなかった。エテワの重い体の下から、どうやって自分の足を抜こうかと考えているところへ、火にかけて暖めたお湯の入ったひょうたんを持ってリティミが入ってきた。**095**リティミは手慣れた様子でエテワの体を半ば持ち上げ、ハンモックの中、彼の後ろ側にずれるよう私に身振りで示し、私の上げた膝に彼の体をもたせかけた。リティミは優しくエテワの顔と胸をきれいにしてやった。
エテワは二五歳くらいだろう。けれど、湿った前髪が額に張りつき、唇が少し開いているその姿を見ると、眠りについた子どものように頼りなげに見えた。体の内側に受けた傷で死んでしまうのではないかという考えが浮かんだ。
「明日にはよくなるわ」私の考えを察したかのように、リティミが言った。そして、彼女は静かに笑い出した。その笑いには、秘密を楽しむ子どものような響きがあった。「血が流れるのはいいことなの。彼のヘクラスは強いんだから。彼はワイテリよ」
リティミが褒めるのを聞いて喜び、エテワが目を開いた。私の顔を見ながら何か言ったが、聞き取れなかった。
「ええ、確かにワイテリね」私はリティミの言葉にうなづいた。
少しすると、黒っぽい暖かい飲み物を持ってトゥテミがやってきた。
「何なの、それ?」私は聞いた。
「薬よ」トゥテミはそう言って、笑った。彼女は指を一本、その煎じ薬に入れると、私の唇にその指を当てた。「プリワリウェが木の根と魔法の草で作ってくれたの」苦いその薬をエテワに飲ませながら、彼女の目は満足の色で輝いていた。血は流れたのだ。丈夫で健康な息子を授かることを確信したに違いない。
リティミは私の足の様子も見てくれた。プリワリウェが広場を引きずったときに、切り傷や擦り傷ができていたのだ。彼女は残っていたお湯で私の足もきれいに洗ってくれた。草の繊維で作られているため寝心地がよくはないエテワのハンモックに、私は横になった。
月が黄色い暈に包まれて、木々の作る地平線に差しかかろうとしていた。広場で踊り歌う男たちは、もうわずかしかいなかった。雲が月を隠し、何もかもが薄闇に包まれてぼんやりとした。もう甲高さはなく、小さなつぶやき程度の声だけが、男たちがまだそこにいることを示していた。**096**月が今いちど姿を現し、青白い光で木々の梢を照らした。茶色の肌の人影が暗闇を背景に浮かび上がり、長く伸びる体の影が、弓矢を打ち鳴らす音に存在感を与えた。

[続く]

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☆第1回〜第7回はこちらです。
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